29 子どもになったセシル
「だからっ、誤解だって言ってんだろ!?」
「何よ、破廉恥!あんな堂々とよくも出来るわね!」
「違う、話を聞け!」
医務室からは、冷たい目をしたセシルと、必死に弁解するシェール、それにマリアの三人が出てきた。シェールは着替えていて、白いシャツに私服のズボンだ。
「あれは不可抗力で……」
「シェール、隠さなくてもいいんですよ。素直に私を襲ったと言ってください!」
マリアがにこっと笑う。セシルはそれに答える気力もなかった。
「お前は出てくるな、マリア!ややこしくなる」
再びシェールはセシルに呼び掛けた。しかし、セシルは振り向き様にシェールに手をあげた。
爽快なほど、パチンと音が響いた。
「なによ、シェールのばか!心配してたのに!」
右頬の赤くなったシェールを睨むその目から、大粒の涙が一つこぼれた。シェールはものすごい後ろめたさを感じた。呼び止めようとしたが、セシルはすたすたと戻って行った。
仕方なく後を追い、パーゼルの司令官室に入る。テーブルには老婆、パーゼル、テオドリックがいた。セシルは椅子を引いて座ろうとしている。マリアとシェールも席についた。
本当はセシルの隣には座りたくなかった。けれど、いつも会議はセシルの隣なのだ。今変えるのもわざとらしい。
「シェール、戻ったのか」
「大将、ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です」
テオドリックが羊皮紙とペンを取り出した。
「ご婦人、まずは……名前からどうぞ」
「尋問かえ、これは」
「もはやあなたに権利はない。質問にだけ答えろ」
テオドリックがきつい口調で言う。老婆はやれやれと首を振った。
「リゴ=ウルス。アストレーズ出身さ」
「では、ウルス。なぜあのようなことをした」
リゴは口元に手をやった。
「アストレーズの……奴に頼まれたのさ。シャルトレーズで薬を売れと」
五人は固まった。アストレーズの名が、なぜ。
「詳しく話せ」
パーゼルが命じた。
「私ゃよくは知らないよ。けど、お役人が金を持ってきたのさ。シャルトレーズで薬を売って、シャルトレーズを混乱させろと。まあ、私の薬は効果は長くは続かないけどね。それでも、そこらの薬よりかはよっぽどよく効く」
「嫌によく喋るじゃねえか」
シェールが口を挟んだ。老婆はシェールを見た。
「喋るなとは言われてないからねえ。私だって、老い先短いこの命が惜しいのさ。それに、アストレーズがどうなろうと今更知ったことじゃない」
「では、次……」
テオドリックが進めようとした時、シェールが割って入った。
「待て。アストレーズの奴らに、シャルトレーズを混乱させるよう言われた、そして金を掴まされたんだな?奴らの目的は何だ?」
リゴはくくっと笑った。
「こんな老いぼれに、お役人が言うと思うかね?お若いの」
当然答えはノーだ。
「俺に粉をかけたよな。あんな粉で人を―――例え一瞬であれ―――子どもに戻せるなら、もしあれが広まっていたら……」
リゴを除いた他の四人が青ざめる。
戦闘能力を失ったシャルトレーズに容易に攻め込むことができる。簡単にこの国を潰せる。
しかしリゴは横に首を振った。
「そりゃ難しいね。なんせ私の薬はだいたい一人ずつにしか効き目がないのさ。こんなふうに」
そう言って、懐から出した袋をセシルの目の前で開けた。思いきり粉を吸い込んで、セシルがむせる。
皆がばたばたと手で扇いで粉を払い、視界が明瞭になった時だ。
セシルの席に、銀の髪の長い少女が座っていた。
「え……ええええええええ!?」
パーゼル以下三人の中将が声をあげた。老婆は得意気に笑う。それをテオドリックが叩いた。
「何やってんだ、このヤローっ!」
勢いよく老婆をがくがくと揺さぶる。マリアが慌てて止めに入った。
「テオ、やめてください!死んでしまいます!」
子どもになったセシルは怯えた目で周りを見ていた。シェールが手を差し伸べる。
しかし、セシルはそれをバシッと振り払った。そして、恐怖にひきつった様子で叫んだ。
「来るな!」
「な……なんだとお?」
せっかくの好意を無下にされたシェールが睨み返す。だが、セシルはガタガタと震えながら、更に恐怖の色を濃くした。
「来るな……」
うわ言のように繰り返す。
「セシル……?どうしたんですか」
マリアが心配そうに手を伸ばした。
セシルはそれすらも振り払い、席を立った。
「シェール……もしかして」
テオドリックがすっかり青ざめてシェールを振り返った。
「ああ……よりによって、だな」
「どういうことだ」
パーゼルが尋ねる。答えたのはテオドリックだ。
「セシルは、七つの頃に戻ったらしいです」
「七つの頃に?それがどうしてこんなになっているんです」
「マリアはまだ知らなかっただろうな。七つの頃……士官学校に入学した頃だ。セシルはいじめられてたんだよ。髪の色が違うせいで。俺達は助けなかった。それどころか……いじめる側に加担したんだ。この頃のセシルは、誰も信じていなかった」
シェールが心底辛そうに話した。
セシルはまだ肩で息をして、人々の一挙一動を鋭く観察している。
「俺達の責任だ」




