25 子どもになったシェール 3
シェールの父、ロシュフォード卿は陸軍にいる。セシルの父もそこにいて、二人は陸軍大将だ。
陸軍司令部までの道のりを、シェールは意地をはって自分で歩いていった。セシルは無駄に文句をつけず、黙ってシェールのしたいようにさせ、彼の後ろを歩いた。
アルベルト=ロシュフォード卿の司令官室の扉をノックした。すぐに扉が開く。
「シェール!ああ、セシル嬢!伝令から聞きました!シェールはどこに……」
すっかり取り乱したロシュフォード卿は、おろおろし通しだ。
「こちらです、ロシュフォード卿」
セシルの後ろから、こそっとシェールが覗いた。ロシュフォード卿はシェールを抱き上げた。
「シェール!おお、なんてことだ!こんなに子どもに戻ってしまったのか!」
状況が今一つ飲み込めないシェールは、目の前の人物を見て、目を見開くばかりだ。
「だ、誰だ!?」
怯えきった様子でシェールが問いかけた。
「分からんのかね。お前の父のアルベルト=ロシュフォードだよ」
シェールは目を白黒させている。
「嘘だ!父上はもっとお若いし、もっと細くていらっしゃる!」
「昔はな」
ロシュフォード卿はあっさりとかわす。そして、あらためてシェールの顔を眺めた。
「しかし……こうして見ると、まるで私も若返ったみたいだなあ。……よし、シェール!今日は父の膝に乗って、馬車でお家まで帰ろうな!」
「い……嫌だ!」
シェールは途端にバタバタと暴れ始めた。
「嫌だ嫌だ、だったら俺、セシルのとこがいい!」
シェールはセシルの袖にしがみついた。思わずセシルはシェールを抱き取る。怯えたシェールは、セシルの肩に顔を埋めて震えていた。
「シェール、我が儘を言うな!セシル嬢が困っておられるではないか!」
「いやだー、こんなおじさんとなんか、うわーっ!」
見かねたセシルが口を挟んだ。
「ロシュフォード卿、私は構いませんから……」
内心、うれしいような恥ずかしいような気持ちが滲み出る。
ロシュフォード卿は困った顔をしたが、すぐに頷いた。
「では……どうかシェールを頼みます。全くその年齢で、実の父より恋人を選ぶなんて、なんて奴だ」
「ロシュフォード卿!」
セシルは照れ隠しに思わず大きな声を出した。しかし、シェールはもう早く行こう、と涙目になっている。
「セシル嬢、私からも陸軍に言っておきますが、一刻も早く噂の老婆を捉えてください」
「全力を尽くします」
実の息子に敬遠されてか、ロシュフォード卿はあまり元気がなかった。
コシュード家に戻ると、セシルは自分の小さい頃の服を着せた。最初の頃の生意気な態度とは変わり、シェールはあまり落ち着かなそうにしていた。
セシルは父のオルトスと話し合い、セシルの部屋の隣の空き部屋にシェールを連れていった。
夜の闇が深まった頃だ。セシルは本を読んでいた。机にランプが一つ、手元を照らしている。不意に後ろから物音が聞こえた。
振り返ると、シェールが立っている。
「どうしたの?」
シェールは大人しくセシルの方へ歩いてきた。そして、すがるように手をとった。
「目が覚めたら……誰もいなくて……」
その目には涙の痕があった。そういえば、シェールの涙は久しく見ていない。最後に見たのはいったいいつだったか。
「皆……どこ行っちゃったの?」
セシルはシェールを膝の上に抱き上げた。




