23 子どもになったシェール
街は噂で溢れている。それが常だ。しかも噂の種類は豊富で選り取り見取りだ。
だが、シャルトレーズ王国の首都エートスでは、今は一つの噂で持ちきりだ。
『黒いマントの老婆が売る薬を飲むと、その人は子どもに戻ってしまう』
「馬鹿馬鹿しい、子どもに戻るなんて。あるわけねえだろ」
呆れた口調で喋るのはシェールだ。
今回、四人の中将は噂の真偽と犯人を突き止め、捕らえるために捜索に乗り出した。王国の守備兵を使って捜索をしてみても一向に効果はなかった。そのせいで話が大きくなったのだ。
「でもなあ……ただの噂ならともかく。実際子どもになった人がいるんだから仕方ないよな」
テオドリックが細い目をますます細くして言う。
噂だけならまだしも、四人は実際に子どもになった者達を見た。しかし皆、大人の時の記憶を失っていたうえ、見世物のように働いていたので真偽は怪しい。しかし、首都の混乱を抑える必要がある。
「火のないところに煙は立たないと言うしね」
セシルまでもが同調する。
「くっだらねえ。俺は信じないぞ」
四人は噂だけを頼りに、港町の外れに行った。廃屋のようなボロ小屋の集落の一つには、かすかに人の気配がある。
「俺が行く。大人数で行っても逃げられるのがオチだ」
シェールは他の三人に有無を言わせず、瓦礫を踏み分け、一人で小屋に入っていった。
「おい、婆さん。なんでもいい、誰かいねえのか」
屋根の穴から差し込む光を頼りに、小屋の奥まで歩いていった。
「木像……か?」
黒い布のかかった何かがある。こんなところに置いてあるなんて。
シェールは乱暴に布をめくった。
布の奥から、ぎょろりと飛び出した目玉がシェールを捉える。
「乱暴はよくないよ、お若いの」
思わず悲鳴をあげそうになり、シェールは口を押さえて押し殺した。よく見れば、老婆が座っていた。
「婆さん、あんたか?街で怪しげな薬を売ってるっていうのは」
「怪しげな薬ってなんだね、坊や」
「人を子どもに戻しちまうって物騒な薬さ」
老婆は黙った。そして懐に手を忍ばせると、ギラリと目を光らせ、粉をシェールにかけた。
シェールが怯んだすきに、老婆は小屋の隙間からするりと逃げ出す。
奴が逃げた、と叫ぼうとしてもシェールは声が出せなかった。それどころか、全身に痺れがある。
くそ、さっきの粉か。
仕方なく呼子を吹いた。
「シェールか!何かあったのか!?」
「分からない、行くしかないわ!」
テオドリックが合図し、問題の小屋をぐるりと囲むように兵をおいた。
三人の中将が小屋へ入っていく。
「シェール!」
薄暗い小屋の中にシェールが倒れていた。テオドリックが慌てて抱き起こす。
「シェール、大丈夫か!」
激しく咳き込んで、シェールが薄目を開けた。
三人はとりあえず胸を撫で下ろした。
「いてえ……あのババア、何しやがったんだ、くそっ」
まだふらふらする、と文句を言いつつもシェールは自力で立ち上がった。
「老婆がいたのか」
「ああ、干物みたいな奴がな。逃げてったよ」
「でも、その老婆が犯人とみて間違いはなさそうね」
やれやれとため息をつきながら四人が外へ出た時だ。
シェールが胸を掴み、地面に倒れた。
「シェール、どうしたんですか!まだ具合が……」
マリアの問いかけすら耳に届いていないようだ。
あまりの苦しみに、シェールは獣のような呻き声を出した。
「シェールっ!」
涙声でセシルがシェールにすがった。
「下がってろ!」
テオドリックが二人を払いのけ、シェールのネクタイをほどいた。
思ったよりもシェールの体は熱をもっていて、汗ばんでいる。今にも泣きそうなマリアとセシルに、水と医者を頼んだ。
「シェール、聞こえるか。俺がわかるか」
話しかけるも、シェールは相変わらず意味のない言葉を途切れ途切れに漏らすだけだ。
「テオ、水もらって来たわ!」
セシルが水の入った桶を持っていた。
「ありがとう」
テオドリックはセシルが固まっているのに気付いた。
「どうした、セシル」
「それ……誰?」
そう言って指差した。
「誰って、どうしたんだセシル」
シェールに決まってるだろ、とテオドリックは目を向けた。そして、唖然とした。
「お前……誰だ!?」
そこには、記憶にある姿と寸分も違わない子どもの姿のシェールがいた。




