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18 王宮にて

 舞踏会には国中から人が集まった。

 ざわざわと人の動き回る会場で、セシルは壁際の隅に隠れるようにしていた。

 彼女は薄緑の生地に薄緑の糸で花の刺繍がしてある、胸元の大胆に開いたドレスを着て、銀の髪は首の後ろで一つに縛り、その先はコテを当てて巻いていた。耳には翡翠と真珠の小さなイヤリングが淡い光を放ち、首もとには銀製の花を模したネックレスが光る。

 セシルは人びとをぼうっと眺めていた。


「セシル……?」


 その声にはっと振り向く。マリアだった。


「ああ、やっぱりセシルですね!いつもと雰囲気が違うから、人違いかと思いました!」


 マリアは豊かな茶髪を金の髪飾りでポニーテールにしていた。ふんわりとした髪はとても魅力的だ。ドレスは若々しい黄色がかったオレンジ色で、優雅な体つきを強調するかのようだ。


「マリア……」


 自分でも何が言いたいのか分からない。ただ、羨ましさがあるのは分かる。


「せっかくの舞踏会です、楽しまなきゃ損ですよ!さっき、シェールと一曲踊ってきました」


「へえ……」


 なんとも言い難い気持ちだ。マリアがシェールを好きのなのは百も承知なのだけれど。

 あまりに眩しくて、セシルはまともに彼女を見ることが出来なかった。


「テオは?一緒に踊らないの?」


 少し戸惑った様子を見せたが、マリアはにこっと笑った。


「ま、今日くらいは一曲だけなら、お相手しても構いませんけど……」


「本当か!?」


 マリアの言葉の途中で、どこからかテオドリックが出てきた。緑の服に、銀の糸で襟と袖口に刺繍がある。


「え、ええ……」


 マリアが驚いたまま、返事した。テオドリックがすっと膝を屈める。


「では……次のメヌエット、ご一緒していただけますか」


「ええ、喜んで」


 マリアがテオドリックの手をとった。見せ付けられている気がして、セシルはふいっと目を逸らした。


 少し場所を変えると、娘達の人だかりがあった。囲まれているのは……。


「止めてください、もう疲れたんですよ」


 シェールだった。濃い青の服が、嫌味なほどよく似合う。

 娘達は、次は私と、とシェールに付きまとう。それを見て、セシルはまた目を逸らした。


「そこのお嬢さん。もし宜しければ、そんなところで壁の花などなさらずに、私と次のメヌエット、ご一緒しませんか」


 はっと振り向くと、そこにはヴィッツェン中将がいた。茶の波打った髪は、濃い紫のリボンで一つにまとめられている。それに、赤の美しい服だが、ちゃんと着こなしている。色づかいは派手に見えるが、仰々しくない。ヴィッツェンだからこそ、だろう。香水だろうか、少し甘い香りに、セシルは一瞬くらっとした。

 差し出された手に、自然に己の手を重ねる。


「はい……」





 メヌエットが軽やかに始まる。人の波をくぐり抜け、ヴィッツェンはセシルを広間の中ほどに連れ出した。


「あの、ヴィッツェン殿……」


 焦るセシルに、ヴィッツェンは微笑みを返した。


「何が不安なのかは分かりませんが、大丈夫ですよ、本当に。まるで蝶のようだ」


 その言葉に、セシルは頬を赤く染めた。

 いつしか人びとの視線は、二人に集まっていた。


「ご覧あそばせ、あのお二方……ヴィッツェン様と、一緒に踊っていらっしゃるのはどなたでしょう。」


「銀の髪が美しい……それに、あのほっそりとした体つきときたら!」


「海軍のセシル様では?」


 そこで人びとはざわついた。


「ええ、セシル様!?いっつも男物の服しかお召しにならない方が……」


「そういえば、髪型も違うけれど、たしかにセシル様よ!」


「きっとロシュフォード中将のためにドレスにしたのだよ」


「あら、でもシェール様と踊っていらっしゃるところ、見ていませんわ」


「ああ、それにしても綺麗な人だ。こんなことなら、さっさと声をかけておけば良かった」


 シェールはちらりと広間の中心を見た。セシルがヴィッツェンと踊っている。セシルが楽しそうに笑う度、シェールは息苦しくなった。


「あなたも意地っ張りですね、シェール」


 ワイングラスを片手に振り向いたシェールは、思わず中身をこぼしそうになった。


「おっ、王后陛下!」


「楽しんでいらして?あなたはこういう場が嫌いだというから……」


 ほとんど白に近い薄紫の、ふわっとしたドレスを着た王妃テオドラが、笑いながら言う。王妃がファッション界のリーダーというのは本当で、娘達はこぞって王妃に羨望の眼差しを向ける。そして王妃は実際、とても眩しいくらいに美しい。

 シェールは少々目を逸らした。


「はあ……苦手ではありますが、たまには悪くないものです。その……」


 シェールはセシルをちらっと見た。


「目の保養にもなりますし」


「まあ」


 くすくすとテオドラが笑う。そして、セシルとはもう踊ったのかと尋ねた。

 シェールが首を横に振ると、テオドラはからかうように理由を尋ねた。シェールは顔を赤くして小声で答える。


「なぜ……と仰いましても、特には。セシルは……どうやら私を避けておりますし、私も普段が普段ですので、こういう時だけというのも気後れいたしまして……まあ、私は別に構わないのですが」


「あら、踊る気がないわけではないのでしょう?」


「私はどうもこういうことは苦手です」


 シェールの答えにテオドラは、二人とも意地っ張りだものね、と笑った。

 そして、テオドラはシェールの手のグラスを置かせた。


「あら、次の曲が始まるわ。いったいどなたとご一緒しましょう」


 また愛らしくくすくすと笑う。セシルを横目に、シェールはテオドラの考えがさっぱり分からなかった。しかし、恭しく手を差し出した。


「陛下、宜しければ私と」


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