表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/152

16 交渉

「お頭、来ましたぜ」


 薄汚いぼろぼろの服を着た水夫が部屋の奥に向かって言う。奥からは、桜の模様の入った白い着物を着た男が出てきた。


「ようやくか。この俺に対していい度胸だ」


 男が向かった先には、カルディリア王国海軍の制服を着た男が三人いた。中央にはかしこまって座っている男がいる。三十代半ば程か。髪と同じ明るい金色の口髭を撫でるのを止めて、すっと立った。そして、右手を差し出す。その袖飾りは、彼が中将の位であることを示している。

 着物の男はその手を無視して、椅子に座った。海軍中将は少し気分を害されたような表情だ。


「悪い、握手はしない主義なんだ。俺は身を守る術を他人に気安く差し出すことはしない」


 海軍中将はそれを聞き、握手を諦めて座った。


「初めまして―――というのもおかしいな、アルダン=カルヴォ。いつも貴様の首を狙っているのだから」


「ああ、道理で初めてな気がしないわけだ」


 アルダンは笑って流す。だがその目は笑っていない。


「けど俺は、あんたの名前を知らない。これって不公平じゃないか、中将さん?今から対等な話をする相手に……」


 海軍中将は呆れたように肩をすくめた。


「ロドリゴ=ステビア海軍中将だ。よくその腐った頭に刻んどけ」


 アルダンはにやついた表情を崩さぬまま、一瞬彼を睨んだ。


「で?そのお偉い方がこんなクズみてえな海賊相手に何の用で?」


「時間が惜しいので単刀直入に言う。対シャルトレーズ同盟に参加し、海を全て握れ」


「見返りは?」


 ステビアが懐から革で装丁された文書を取り出した。紐をほどき、アルダンに差し出す。


「海賊船拿捕許可状だ。対シャルトレーズ同盟に参加する国のサインは全て入れる予定だ」


「へえ……」


「興味ないのか、アルダン=カルヴォ?」


「つまりそれって、俺にカルディリアの臣下に降れってことか」


 ステビアは黙った。図星か、とアルダンが笑う。しかしステビアは今回、対シャルトレーズ同盟を成立させるために、わざわざアストレーズ王国に身を潜める海賊に会いに来た。何としてでも交渉は成立させたいところだ。


「確かにカルディリア王国のために働く、ということだ。しかし何も海賊をやめろというのではない。シャルトレーズの船を襲ってほしいだけだ。シャルトレーズの海賊船だけではない、商船も客船も戦艦もだ。シャルトレーズのものは全て襲っていい。なかなか金になるぞ」


「見返りが少なすぎる……」


「何だと!?」


 ステビアがすっとんきょうな声を上げた。


「見返りが少ない。海賊船拿捕許可と、カーシュ植民地統帥権、アグン島と身の安全の保証……」


「馬鹿言え、そんなに出来るものか!カーシュ植民地統帥権だと!貴様、ふざけているのか。それは我がステビア家の世襲統治権が認められている。それに、アグン島だと!シャルトレーズに近い島を取って、今度はシャルトレーズに近づく気か?」


 アルダンはにこっと笑った。ステビアは、その横顔からシャルトレーズ国王スキロス二世を連想した。髪の色や瞳の色は全く違うのに、ふと直感で思った。


「お前も何年海軍やってんだ?シャルトレーズの船を全てだと?それで見返りが拿捕許可なんて、見返りと命令が同じだ。見返り無しも同然だ。もっと割りのいい話持って来なきゃ駄目だ。俺がそんな安い犬だと思うなよ」


「アルダン、身の安全の保証はなんとかしよう。カーシュ植民地も一部ならなんとかしてみる。な、悪い話ではないだろう?それにお前……シャルトレーズには恨みがあるんだろう?どんな恨みかは知りたくもないが、その恨みとやらを晴らすいい機会に……」


「黙れ」


 短くアルダンが言い放ち、がたんと音を立てて席を立った。ステビアは訝しげに彼を見た。


「どこで仕入れたネタかは知らんが、お前が図々しくも立ち入っていい話ではない。二度と貴様なんぞの口から聞きたくもない。とっとと俺の前から失せな。そしてクニに帰って花が咲くのを見てるか、今ここで俺がお前の頭に花が咲くのを見るか……選べよ」


 想像以上の剣幕に、ステビアは驚いた。アルダンは氷のような目をして、ステビアの一挙一動を眺めている。

 ステビアは限界を感じた。これ以上ここにいたら殺される。王の命令を果たすことは出来なかった。そして、二人の部下を連れて退出した。






「お頭、らしくもねえな。あんな取り乱して」


「俺だってびっくりだ、あの程度のことで……。ともかく、また場所を移らねば」


 アルダンが腹立たしそうに言った。そうだな、と相手が返す。


「くそいまいましい海軍めが……」


 だが、あの程度の脅しで去るということは、まだそこまで切羽詰まっているわけではないらしい。

 シャルトレーズが消えれば、次に狙われるのは俺達海賊に決まってるからな、と呟いた。

 いつも何者かを敵にして、血を流さないと気がすまない連中。そうして何事もなかったかのようにすましている貴族共より、人情にほだされて生きている悪人の方が、よっぽど人間らしい。




 カルディリア王国の宮殿では、カヴールが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「そうか……断りおったか。あの海賊め」


「は。申し訳もございません」


 ステビアが跪いて謝る。


「まあよい……いずれこちらにつかねばならぬことも分かるだろう。所詮は能のない海賊か……」


 そして、各国に対シャルトレーズ同盟の延期を知らせる使者を派遣するよう命じた。


「なに……もうすでに一つ目の駒は動かしてあるのだから」


 遠くを見つめる目は、百獣の王すら震え上がらせるほど恐ろしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ