15 カヴールの狙い
「海賊ですよ……」
空気が揺らいだ。
「何を世迷い言を……海賊だと!?」
「さよう。名前を聞いたことがないわけではありますまい、アルダン=カルヴォという名の荒くれ者です。奴がこちらにつけば……」
カヴールはいたって冷静に話を続けた。
「はっ……何を言い出すかと思えば、アルダン=カルヴォ?馬鹿みたいだ、よりによってあんな奴を。気でもふれたか、カヴール殿」
ロアノークがため息混じりに、そして失望したように言った。
だがカヴールは怒ったりはしなかった。普通に考えれば、カヴールだって笑うだろうからだ。だが、もう道はないのである。
「すでに使者を派遣しました」
「なにっ……!いよいよ気でもふれたか、カヴール!本気で海賊を取り込むつもりか!?海賊だぞ!よく考えろ!」
似たような怒声が次々に上がる。ラシュトンはひやひやしたが、カヴールはまったく怒らない。
「もう道はないのだ。奴には交換条件として、海賊船の拿捕許可状を発行するつもりだ。もちろん、アルダンが受け入れれば、の話だが」
「それで……我々はどうすればいい?」
腹を決めて、ロアノークが言った。重い声だ。若干の不機嫌さが滲む。
「これは我が国、カルディリアの提案です」
カルディリア王子ラシュトンが口を開いた。皆の視線が集まる。
「対シャルトレーズ同盟を組むのです」
一瞬静まり返った後、一気にざわめきが広がった。
「対シャルトレーズ同盟だと……!そんなことをして、奴らが黙っているわけがない!」
「そうだ、もしかしたら玉砕覚悟で戦うかもしれぬ!」
「いやしかし……アルダン=カルヴォを引き入れることができたら、問題はない。なにしろここにいるのは世界の主要国だ。シャルトレーズは実質一国となる」
「愚かな……シャルトレーズには小国が虫のように味方するに違いない!」
コンコン、とカヴールがグラスでテーブルを叩いた。小さな音だったが、広間は静かになった。
「先の大戦、勝てなかったのは海軍が要因。海さえ押さえれば、シャルトレーズの海賊のごとき海軍共なぞ恐れるに足らん。奴ら、陸軍と海軍を兼ねておる部隊が多い。なまじ海も陸も、という部隊よりかは専門に陸を対象とする我らの陸軍の方が圧倒的に強いはず。海の補給線さえ絶てば、もはや籠城に同じ。あとは降伏するか、中から崩れるのみ……」
カヴールは、ふっと笑った。その笑みに、ロアノークは背筋がぞくっとした。鳥肌の立つのを感じながらも、なんとか平静を装う。
「……分かった、カヴール。お前と私の仲だ。ひとまず信じてみよう。ただ、同盟を結ぶとなれば、それはアルダンからの返事が返ってきた後だ」
ロアノークは低い声で喋った。他の国の代表者達は、少し戸惑っていた。だが、ここで同盟に参加しないとなれば、それはシャルトレーズ王国の味方と見なされる。中立は守るのが非常に難しい。ある意味で国際的孤立だ。
「ロアノーク殿が賛成なさるなら……我が国は参加いたします」
「私も……異論はありません」
次々に賛成の声が上がる。ラシュトンはほっとし、カヴールは満足そうだ。
「では……今日のところは一旦お開きということで、アルダン=カルヴォから返事が来次第、皆様に使者を派遣いたします。その時こそ、対シャルトレーズ同盟を結びましょう」
閉会!とカヴールが言い、それぞれが席を立った。皆真剣な表情だ。顔色の悪い者もいる。
他国の要人達は退出し、王子ラシュトンまでもが席を立った。カヴールはまだ椅子に座ったままで、グラスの中の水を飲み干した。
「スキロス……貴様の吠え面が楽しみだ」
そして、侍従を連れて退出した。




