*聖星祭 ~七歳の記憶~ 1
子ども時代のお話です。
シャルトレーズ王国の人々が信仰する神々の中に、リオベルガという女神がいる。彼女は北の方にある星に住み、勇気を司る。占いのカードでは逆転という意味を持つ。
そしてその女神を祭り、一年の締めくくり間際の挨拶をするのが聖星祭だ。この祭は三日かけて行われる。一日目はひたすら潔斎に励み、二日目と三日目が女神を祝うものだ。そして三日目には一大イベントがある。勇気と逆転の意味を持つ女神が、この日は女性が花と共に男性に親愛を示す力を与えると言われる。もちろん示すのは親愛の他には感謝などだが、一般的にはこの三日目は告白の日だと捉えられている。
そんな聖星祭が近づいたある日のことだ。海軍士官学校の一室はひどく騒がしかった。銀の長い髪の子どもを、多くの子どもが囲んでいた。
「変な髪!」
「銀色だろぉ?俺聞いたことあるぜ……銀の髪は滅多に産まれない……悪魔の子だって!」
おおげさに一人の少年が言ってみせた。周りの子どもが―――少年ばかりであるが―――きゃーっと面白がるように悲鳴をあげ、一歩後退した。銀の髪の子どもは俯くばかりだ。
「ほらお嬢ちゃん、何か言ってみろよ!」
「だいたい女のくせに海軍なんておかしーんだよ!」
どんどん言葉は酷くなる。「悪魔の子」と言ったのは公爵家の子息で、他は彼の取り巻きだ。
そして、その彼らが「なあ、そうだろ?」と振り返った先には、金の髪の少年と焦げ茶の髪で目の細い少年がいた。彼らは少々動揺していた。なるべく関わらないようにしていたのに。それが、せめて出来ることだと思っていたのに。
「え……」
二人が返答に詰まっていると、公爵家子息はますます嫌らしい笑みを浮かべた。
「ほら、お前らも何か思ってんだろ?なにせこいつとは幼馴染みだって言うし」
公爵家―――その肩書きが、二人の少年の上にのし掛かった。彼らが遂に口を開いた。
「ああ……そ、そうだな……」
「まあ、お婆さんみたいだよな……」
二人の目は銀の髪の子どもからは逸れていた所に焦点があった。けれど、銀の髪の子どもは俯いていて、彼ら二人がどうしているか分からなかった。
そしてその二人の言葉を聞くと、その子は人を押し退けて廊下へ走って出た。
「ちっ。お前、俺にそんな態度で済むと思うなよ」
その背中に公爵家子息が罵声を浴びせる。金の髪の少年と焦げ茶の髪で目の細い少年の二人は、お互いに気まずそうに顔を見合わせた。
その翌日、銀の髪の子どもは士官学校に来なかった。代わりにカンカンになった寮母が来て、一通り怒鳴り散らして行った。士官学校に入ってから、もう何度目の光景だろう。
「なあ、シェール……さすがにセシルに謝っといた方がいいよな……」
「ああ……そうだな、テオ……」
少年二人が重い顔でため息をついた。
結局聖星祭の前日まで銀の髪の子は出席しなかった。聖星祭で謝るしかないか、と少年二人が目を見合わせる。
聖星祭――― 一日目は潔斎の日だ。士官学校生はそれぞれの寮で過ごす。その上、必要最低限以外は人と喋ってはいけないし、出歩いてもいけないのだ。寮は男女別であり、当然彼女と接触する機会などない。シェールとテオドリックはセシルに謝るどころか、会うことも出来なかった。
二日目は、王宮周辺に多くの露店が集まり、催し物もある。この日は喋っても構わないし、生徒も外出は許可されている。ただし、白の詰め襟の制服のままだ。
「あ、おい、あれ……」
人込みの中、テオドリックが指差した先には、銀の髪の子がいた。自分達と同じ白の詰め襟の制服。その隣には誰かいた。私服のスカートにエプロン姿の中年女性。
「げっ、イサベルのばばあだ!」
彼女は数日前に怒鳴り散らした寮母だ。士官学校の寮に女子はセシルだけなので、彼女はセシルをひどく可愛がっていた。今日も二人でいろいろ見て回るのだろう。
「こりゃあ近付けねえぞ」
物陰からこっそり覗く二人を、通行人が怪しげな目で見ている。
「よお、二人とも何してんだ?」
ハッとして振り返ると、同じ制服の少年がいた。違う点は、その袖口に独特の袖章があることだ。学年制の海軍士官学校における個人の学年を示すものだ。茶色い短髪、グレーの瞳。
「セラシェード先輩っ……!」
「と、特に何もしておりません!」
慌てて二人は気を付けし直した。セラシェードはにこやかに頷いた。
「じゃ、俺達と回ろうぜ。初めてだろ、海軍士官学校生徒として来るのは」
はい、と二人が返事をするとセラシェードは、先輩命令な、と強引に二人の腕を掴んだ。彼の友人達にも囲まれ、その場から、セシルからどんどん遠ざかる。セラシェードの独り言によると、こうして後輩と回るのが夢だったんだとか。
テオドリックはちらちらと後ろを気にしている。だが、もう逃げられないだろう。それに、恐らく彼女は寮へ帰るまでイサベルと一緒のはずだ。たとえあのまま張り付いていようとも、話す機会は皆無だろう。シェールは諦めた様子で首を横に振った。
子ども達の二日目の門限は日暮れまでだ。以降は大人だけが楽しむダンスパーティの時間となり、子ども達は家か寮にいなければならない。今日もセシルに謝るのは無理だろう。
それからはセラシェード達に連れられ、二人の少年は心ここにあらずな状態のまま、あちこちつれ回されるはめになった。
「なあ、テオ」
シェールが寮の一室、暖炉の前でテオドリックに話しかけた。
「さっき寮父達が話してたのを聞いたんだけどさ、明日、イサベルのばばあはいないんだって。なんでも急な用事が出来たんだって」
本を読んでいたテオドリックが顔をあげる。それ本当か、と訊ねた。シェールが頷く。
「明日って、あれだろ。女が男に花渡すってやつ。物騒になるから、イサベルのばばあ、セシルに外出は控えるように言ってあるらしいんだよな」
「じゃあ、彼女は寮にいるし、邪魔はないってことか!」
そういうこと、とシェールが笑う。テオドリックにも安堵の表情が浮かぶ。
やっと謝れる。
「それにしても、うっとーしーな、エベールの奴」
エベールは例の公爵家子息のことだ。
「仕方ないよ、シェール……睨まれたら俺達だけじゃなくて、家族も被害を被るんだから」
テオドリックが彼をなだめる。俺はあんな奴大嫌いだ、とシェールは悔しそうに言った。
なぜあんな奴のご機嫌を伺わなければならない。なぜあんな奴のために幼馴染みを傷付けねばならない。
明日は、ちゃんと謝れるだろうか。
シェールは閉じていた本を手に取り、小さなため息をついた。




