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133 月下罪人 2

 昼食には、カルディリアで獲れた魚や野菜で豪華な食事が用意された。カルディリアにしかない珍しい物もある。従者に用意されたものも、なかなか豪華なものだった。

 だがその食事を前に、シャルトレーズ国王アンドレイは暗い表情をしていた。彼の従者が言った。


「陛下。少しは召し上がってください」


 だが、体が受けつけない。口の中に入れてもなかなか飲み込めず、ただ噛んでいるだけだ。水で無理矢理流し込もうとしても、水だけが腹に溜まる。

 見かねた宰相クレールが、小さく呟いた。


「スキロス三世陛下。お父君はこんな時、無理矢理にでも押し込んでおられましたよ。体力あってこそです」


 その言葉に、とくに『スキロス三世』という言葉と『父君』という言葉にアンドレイは反応し、口の中で噛み続けていたパンのかけらを飲み込んだ。一つ腹に入れるとなんだかひどく空腹に思えて、彼はできるだけさっぱりした野菜などを選んで食べ始めた。ほっとしてクレールが自分の食事を続ける。

 食事一通り済ませた後も、アンドレイはやはり重い表情で椅子に座っていた。


「クレール。もし僕が……王を続けられなくなったら……次の統帥者は、姉上だよね」


 過剰に肩を震わせ、クレールが振り向いた。


「陛下、何をおっしゃいます!そうならないために、我々は今ここにいるのです!」


 間違いなく、アンドレイは死を覚悟している。クレールは焦った。だが、アンドレイは表情を崩さぬまま呟いた。虚ろな目が、見ていて痛々しい。


「ねえ、答えて……」


 少し困惑したような顔をして、クレールは答えた。


「さようでございます」


 そう、とアンドレイは力なく笑った。


「陛下、しかし我々は―――」


「クレール」


 宰相の必死の言葉も、アンドレイの凛とした声の前には消え果てた。


「僕は……嘘つきだ」


 立ち上がって宰相の隣に座り直し、アンドレイは宰相の手を握った。


「僕、前に父上に『お前はシャルトレーズのために死ねるか』って聞かれた。僕はこれ以上ないくらい力強く、はいって答えた。……でも……」


 アンドレイは大粒の涙をこぼしながら、宰相を仰ぎ見た。


「どうしよう、僕は嘘つきだ!怖いよ、死にたくないっ……!死にたくないよおっ……」


 アンドレイは宰相にしがみついた。クレールはどうして良いか分からず、幼い国王の体を落ちないよう支えることしか出来なかった。


「父上も、お祖父様も……皆シャルトレーズのために亡くなったのにっ……僕は……!嫌だっ、死にたくないっ……!どうしよう、こんな嘘つきな王なんて、誰も信じてくれない……僕は本当の国王になれない……でも嫌だよ……死にたくない……」


 陛下、とクレールはアンドレイをしっかりと抱き締めた。


「誰も死ぬのは恐ろしいものです。あなたの父君とて、死は恐れていらっしゃいました。恥じることはございません。私も恐ろしい」


 それに、と彼は付け加えた。


「あなたは今本心をおっしゃいました。誰があなたを嘘つきなどと言えましょう?」


 だがアンドレイは泣き止みこそすれ、怯えているのに変わりはなかった。




 少し長めの休憩も終わり、再び会議が開かれた。


「私はやはりシャルトレーズ国王は責任をとるべきだと思う。その命を以て。……これ以上争わぬために、白黒つけるのは大切だ」


 発言したのはアストレーズ国王ロアノークだ。


「これでシャルトレーズ国民も思い知らされるだろうし、我々の国民も納得する。無駄な血も流れない」


 賛同の声も多い。アンドレイは顔をあげていたが、生気はなく、まったくもって絶望一色という以外にはなかった。


「やはり、この世の平和のためにシャルトレーズ国王は死ぬべきと―――」


 アンドレイの目に涙が滲んだその時、大きな音がした。ラシュトンがテーブルを叩き、立ち上がったのだ。


「お……お待ちください……」


 彼は蒼白な顔で各国の代表を見た。


「本当に……本当にそれで良いのですか。報復戦争はきっと免れませんよ……?シャルトレーズがどんなに王を支持しているか、お忘れですか」


 それに、と彼は語気を強めて言った。


「それに、責任をとることは、本当に死ぬことなんですか!?辞めたり死んだりすることで、本当に責任がとれるんですか!?例えばその人に非があって、それでその人を辞めさせて―――本当にそれだけで何かが変わりますか!?辞めれば変わるってものではないでしょう!」


 しんと静まるなか、ふん、とロアノークが笑った。


「あなたも大概だ、ラシュトン殿。ならばお聞かせ願おう。我々はどうするべきだ」


「それは……」


 ラシュトンは答えに詰まった。


「ろくな策もなく安易な発言はよしたまえ、カルディリア国王殿」


 ラシュトンが悲しげな顔で席につこうとした時、派手な音がして誰かの椅子が倒れた。


「へ、陛下!」


 アンドレイが倒れたのだ。隣にいた宰相クレールが慌てふためく。ラシュトンは急いで医師を呼び、その場で簡単な手当てをさせた。どうやらアンドレイは熱があるらしい。医務室に連れていくことを許可し、その場には宰相が代理として残った。

 各国の代表は興味深くそれを見ていた。中には憐れみを込めてアンドレイを見る者もいた。

 その場が収まり、落ち着きを取り戻したところでロアノークが咳払いをして言った。


「まあ、ラシュトン殿のおっしゃることも一理ある。……この問題は少し時間をかけねばなりませんな」


 今まで賛同の声をあげていた者達も、先程のアンドレイを見て、少し同情したらしい。不満げな顔もあるが、どうすべきか慎重に話し合うこととなった。

 会議の予定は大幅に延長され、数日間に及ぶこととなった。結局その日は話はいっこうにまとまらず、シャルトレーズ国王の回復を待ちつつ丁寧に話し合おうということになった。

 おかげでカルディリア王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。


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