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129 破翼の弾丸 4

「アルダン=カルヴォ……」


 ルキウスが眉間に皺を寄せる。


「感謝しろよ。ここのアストレーズ軍が退いたのは、俺の部下があっちを襲ったからだぜ?結構な人数で行かせたし、街も略奪していいって言っといたからな、きっとやべえことになってるだろうな」


 ルキウスは目の前の黒髪の海賊を睨んだ。たしかこの海賊は、薬にも詳しかったはずだ。


「お前」


 小さく呟き、彼はアルダンに詰め寄った。しかしアルダンは臆する様子もなく、辺りを見回した。


「あいついねえのか。面白いもんがあるから見せてやろうと思ったのに」


「人の話を聞け!……助けてくれ」


 ただならぬ様子に、アルダンは黙った。


「何だよ。お前らが俺にしおらしく頼み事なんて珍しいな」


 衛生兵が心配そうにちらりとこちらを見た。


「……助けてくれ……」


 わけも分からないまま、アルダンは中に通された。彼の動きが止まった。


「な……んで……」


 まだ衛生兵達が止血をしようとしている。そこにはセシルが寝かされていた。顔色が悪い。死んだ魚みたいだ。そして、彼女の肩からは真っ赤な血が溢れていた。


「助けて下さい、血が止まらないんです」


 衛生班長がアルダンに向かって言う。ルキウスは祈るような気持ちで彼を見た。


「何の薬を使ってる」


「ワレモコウとツユクサを……」


 アルダンは布を取り、血を拭いた。


「ヒルかアブか……ヘビかな。変な毒じゃねえことを祈ってるぜ。おい、あれ持ってこい」


 彼の部下が要塞を出る。少しして、彼はいくつか袋を持ってきた。


「たいしたもんは入ってないが、お前らよりは良いもの持ってるからな」


 関係ない奴は出てろ、とアルダンに追い出され、ほとんどの兵が外へ出された。

 それから当分経って、やっと彼は出てきた。


「お前らほんとに衛生兵かよ?……ああ、将軍さん。安心しな。血は止まったぜ。あとはあいつの体力次第だ」


 ほっとルキウスは安堵のため息をつき、椅子にどっかりと腰かけた。


「助かった。……礼を言おう」


「感謝は物で示してもらおうか」


 海賊は興味なさげに辺りを見回した。やれやれと首を振りつつ、ルキウスはいくら払えばいい、と訊ねた。しかしアルダンは金はいらないと答えた。その顔はどこか悲しげだった。薄気味悪さを感じて、なら何が欲しいんだ、と彼は更に訊ねた。

 アルダンは少し考えた。


「じゃあ、さ……ろくなもん食わしてやれなかった俺の部下に、旨いもんをご馳走してやってくれ」


 びっくりしてルキウスは彼を見た。


「そんなものでいいのか、天下の大海賊が」


 薬瓶を片手で弄びながら、アルダンは笑った。


「だって俺は今、公賊だぜ。下手に物はせがめねえよ」


 ルキウスは黙ったままだ。アルダンがぽつりと呟いた。


「もう終わるぜ、この不毛な戦は」


「……陛下が……条約を……?」


「まだ会議中らしいがな」


 その時部屋の中から音がした。どうやらセシルの目が覚めたらしい。

 二人は部屋に入っていった。


「おう、目が覚めたか。どうだ。ああ、右手は動かすな」


「中将……ご無事で何よりです」


 セシルの顔は少し赤い。熱があるのだろう。アルダンは枕元で薬を選んでいる。


「お願い……シェールに……」


「え?」


 セシルはアルダンの袖を掴んだ。触れた指はひどく熱く、すごい熱だ。


「シェールに……伝えて……」


 安心させるようにルキウスは彼女の汗を拭き、優しい声で喋った。


「中将、大丈夫ですよ。あなたは助かったのですから。ご安心下さい、じきによくなります」


「だめ……!お願い、シェールに……」


 セシルはアルダンの袖を再び掴み、引き寄せた。涙を滲ませながら言う。


「お願い、シェールに伝えて……ごめんなさいって……お願い……」


 どうしたんです、と声をかけるルキウスなど無視をして、うわ言のように彼女は喋った。


「どうしよう……!出てくる前に、ちゃんと言えば良かった……なんで……いっつもこんな……もう会えなく……」


「おい、何訳の分かんねえこと言ってる」


 今度はアルダンが彼女を押さえた。けれどセシルはますます暴れようとした。


「お願い、シェールに伝えて!ごめんなさいって、ごめんなさいって……お願い、お願い、お願い!」


「やめろ、傷口裂けるぞ!せっかく血が止まったのに」


 それでも彼女は暴れるのを止めない。ルキウスも手伝うが、セシルはますます暴れる。

 突然、アルダンが彼女の口を手でふさいだ。悲痛な叫びが指の隙間から漏れる。

 彼女の目を冷たく見据え、彼は一言言い放った。


「うるせえ。自分で言え」


 彼女は目を見開いたまま、涙を流して驚いている。


「そんなに言いたけりゃあてめえで言え。俺は伝令じゃねえ」


 慎重に薬を調合しながら、彼は続けた。


「もし俺に頼んだら、途中で中身を変えちまうかもしれねえぞ?例えばあいつのことが大嫌いだとか、俺のことの方が好きだとか」


 赤い顔をますます赤くして、セシルが睨む。しかし口を開くのも億劫なようで、アルダンの渡した薬を飲むと、騒ぎ疲れて寝てしまった。

 一部始終を眺め、部屋を出た後、ルキウスは呟いた。


「お前が軍医であればと思うよ。きっと腕のいい医者になれる」


「そいつはごめんだ。堅っ苦しくてやってられねえ」


 ルキウスは続けた。


「せめて軍の者であったら、いい軍人になったろう。……思うことはないのか、自分にも王族の血が流れているのに。せめて爵位は持てるだろう」


 よせ、とアルダンは笑った。


「受け入れる奴らばっかじゃねえだろ。だいたい、俺は親父にも疎まれてたんだぜ?親父はな、俺が産まれたと知るや、お袋に金だけ渡してどっか行けと言い放ったんだと。それが一国の王のすることか?……けど、それほど俺はこの世にいることを祝福される人間じゃねえってことだ。俺に居場所なんかねえんだよ。期待するだけ無駄だ」


 寂しそうに笑い、彼は背を向けた。


「そういえば、閣下に見せたいものがあると言っていたな」


 何だ、と訊ねる。思い出したようにアルダンは頷いた。


「エグモントの腕だ。あいつの片腕へし折ってきた」


 見舞いにやるか、とアルダンが言う。話を聞いていくと、どうやら片腕とはエグモントの部下のことらしく、その首を持ってきたらしい。青ざめたルキウスがゆっくりと口を開いた。


「それ、本気で言ってるか……?」


 どうした、ときょとんとした顔でアルダンが首を捻る。


「私が女だったら、絶対喜ばない」


 そうかなあ、と相手はますます首を捻る。やっぱりこいつは紫星海シーシンハイの狂犬と噂されるだけある、と一人で納得した。



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