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123 涙の少女

 アルダンと別れた後、マリアはファリシア要塞までセシルを送ろうと申し出た。もう近いのだから大丈夫、と断ろうとしたが、マリアはどうやらセシルと話がしたいらしかった。


「どうしたの、マリア」


 夜、セシルの船長室で二人が椅子に座っていた。マリアは疲れたような目をしている。


「シェールが……カルディリアに派遣されました」


「カルディリアに……」


 カルディリアと言われて真っ先に思い浮かぶのは、テオドリックの顔だ。


「テオは……生きてるんでしょうか」


 きっと生きてるわ、とセシルはマリアを慰める。そして、珍しいわね、と呟く。


「あなたがこんなにテオを気にかけるなんて」


 途端にマリアが顔をあげた。


「だって、テオは……仲間なんですよ!セシルは何ともないんですか!」


「勿論私だって心配だけど……。その、シェールのことみたいに心配するなんて」


 マリアの目には涙が滲んでいた。


「比べられないんです。シェールも好きです。でも、テオも好きなんです。欲張りとかそういうのじゃなくて、どっちも比べられないくらい大切な人なんです。二人共……もう……どうしていいか……」


 あなたもでしょう、とマリアが言う。セシルが聞き返した。


「セシル、あなたも……だったら比べられますか。シェールとアルダンと、ヴィッツェン中将。比べることが出来ますか?誰か一人しか大切じゃないなんて……その他はどうでもいいなんて……」


 なぜその中に、アルダンの名があるのか。だが、たしかに比べられない。シェール一人が好きなはずなのに―――。ヴィッツェンはもういないけれど、それでもあの優しさ、全てを受け入れてくれる包容力。そしてアルダンの―――あの王家の血が入った寂しそうな海賊の、無理をして笑う姿が焼きついている。


「そうね……」


 呟くセシルを見て、マリアは目を閉じた。


「迷わせるようなことを言ってすみません。でも……私……テオがいなくなってから、心細くてならないんです。どうしていいか分からないんです。シェールが慰めてくれても、悲しくてどうしようもないんです。……なんで……テオは一言だって言ってくれずに……。テオは私なんかに相談しても無駄だと思ったんでしょうか?私じゃ……テオを慰めることも出来ないんですか?」


 こんなことセシルに言っても困るだけですよね、とマリアは謝る。セシルはそんな彼女の肩を抱いて言った。


「大丈夫……きっと大丈夫よ」


 こんな時、もっと気の利いたことを言えればいいのだけれど。


「ね、マリア。テオが帰ってきて……あなたがそんなふうに泣いてばかりだと、彼も悲しむわ。テオだって辛いのを我慢してるんだから……今度会ったら、彼と話をしてみたら?」


 今度彼が帰ってくるとしたら―――首だけか。それとも、生きたままか。いずれにしろ、反逆者と言われる身では、もう今までと同じような関係は望めない。

 セシルにも分かっていた。きっとマリアも分かっている。なんて残酷なことを言ってしまったんだろう、と反省する。けれど、マリアは微笑んだ。


「そうですよね……テオが戻ってきたら……」


 彼女は泣いてしまって、その後は言葉にならなかった。マリアの肩を抱いたまま、セシルは窓の外を見た。

 星がきらきらと、なんだかこの世界で起きていることが馬鹿みたいに思える。

 悩んで、泣いて、傷ついて、罵って、争って、笑って―――。

 もし本当に神様がこの世を計画して創り上げたなら、きっととんでもなく残酷な神様だ。いつかそんな汚いものから抜け出せる日がくるのだろうか?


「私……テオがいつも私を想ってくれて、お願いしたら何でも聞いてくれて……当たり前だったんです、テオとのそんな関係が」


 マリアが再び話し始めた。


「でも……もう違うんですね……。テオには私以上に大切なものがあって……選んだんですね。どんなに隣にいてほしくても……もうテオは私の隣にいてはくれないんですね」


 セシルはマリアの頭を優しく撫でた。いつもとは違うマリアに、少し驚いていた。シェールさえいれば、みたいな彼女が、ここまでテオを気にしていたなんて。


「テオに聞いてみるといいわ。大丈夫、シェールはきっとテオを連れて帰ってくれる……」


 連れ帰ったとしても、その後―――。

 そう思った時、マリアが顔をあげた。


「テオが帰ってきたら、私、どんなに心配したか嫌になるほど聞かせてあげます。……それから……どんなに大切か……同じだけ、聞かせてあげます……」


 それがいいわ、とセシルが微笑む。

 とてもそんなことは出来ない。二人は分かっていたが、決して口にはしなかった。


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