表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/152

117 風樹之嘆 2

 アンドレイが新国王となってから暫く後。セシルとアルダンが帰国した。




「叔父上……」


 広間で呟くアンドレイを横目に、アルダンは悲しそうな目をした。窓の外を眺め、ぽつりと言う。


「バカ野郎が……形見になっちまったじゃねえか……」


 彼は桜の柄の着物の袖を握った。スキロスが王都から親征する少し前、彼は桜の柄の着物をアルダンに与えた。別にいいのに、と言うと、褒賞も何もなしではこちらが困ると弟は笑っていた。

 まったくこんな古い柄の着物をどこから手に入れたのか。大方、玉蘭ユイラン国皇帝を通しているのだろうけれど。以前、着物が血で汚れたと言ったのを覚えていたのか。つくづく似てない弟だ、と感心する。

 二人の間にあるテーブルの上には、折れた剣が置いてあった。


「するとなんだ……竜の剣は契約切れ……剣を使った代償に、あいつは死んだのか」


 悲しげにアルダンが言う。アンドレイは頷いた。


「ええ、ヘファイストースの話によれば」


 それから彼は叔父をちらりと見た。


「叔父上は……父上だけのお味方ですか。それとも……」


 新しい王は続きを濁した。アルダンはふっと息を吐き、馬鹿馬鹿しそうに去っていった。


「んなもん聞くだけ野暮だろうが」


 その背中にアンドレイはありがとうございます、と声をかけた。




 セシルは海軍部の医務室にいた。夕方、アンドレイがそこを訪ねた。人の声がする。アンドレイは扉の前で立ち止まった。従者にむかって人差し指を立てて口許へ持っていき、黙っているように指示した。


「なんということだ……。そんな……もう嫌だ、なんでも構わない!海軍を辞めてくれ!」


 叫んでいるのはセシルの父、オルトス=コシュード陸軍大将だ。


「早く結婚して海軍を辞めてくれ!そうだ、ヴィッツェン殿で……いや、彼は、そうか……うむ、もう誰でもよいわ!文官とて構わぬ!」


「ですからコシュード大将、私が今日はそのことでお話があると……」


 これはシェールの声だ。だが突然、オルトス=コシュードは声を荒げた。


「黙っていてもらおう、ロシュフォード中将!こうなった一因はあなたにもあるんですぞ!」


「ここは医務室だぜ、大将タージャンさんよ」


 アルダンの声だ。むう、と唸り声がして、オルトスは黙った。

 沈黙が流れる。いつまでも扉の外にいるわけにもいかず、アンドレイは部屋に入った。


「陛下……!この度はまことに……」


 ベッドに寝ていたセシルが体を起こそうとする。アンドレイはそれを制した。


「セシル、もうパーゼル大将から聞いているだろうけれど、あなたにはこのままファリシア要塞に戻ってもらおうと思う」


 アンドレイは従者に合図して、箱を差し出した。上品な紫の箱には、質素だが美しい白い勲章が入っていた。


「へ、陛下……これは……」


 セシルが口をぱくぱくさせる。


「白鱗勲章。こんなところで悪いけど……あなたに受け取ってほしいんだ」


「身に余る光栄でございます、陛下」


「全て聞いたよ。何もかも。辛いと思うけど、あなたを信頼している。これからもシャルトレーズのために尽くしてほしい。ちゃんとした授与式もしてあげられないし、僕はこんなことをしてしか、あなたを励ませられないけれど……」


 白鱗勲章は、海軍の中で最も栄えある勲章の一つだ。もっとも、それに伴った地位などなく、功労のあった者に贈られるものだ。


「真ん中はダイヤか?」


 アルダンが、中央の透明な石を覗き込む。アンドレイがにこりと笑う。


「さすが叔父上」


「そいつだけ売ってもなかなかいい値がつくぞ」


「あなたねえ……!」


 セシルが勲章を貰った恥ずかしさを隠しながら、アルダンを睨む。

 その様子を見て、シェールは胸にぽっかりと穴が空いたような気がした。無言で笑い合う二人を見る。


「だから申し訳ないけれど、コシュード大将。セシルに辞めてもらうわけにはいかないんだ。ほんとごめん」


 オルトスは焦ってしどろもどろになりつつ、何をおっしゃいますやら、と言った。悲しそうに笑いながらアンドレイが言う。


「いいよ、分かるよ。僕も……父上と母上に、帰ってきてほしかったから」


 その場の空気がしんとした。それを掻き消すように、従者が退出を促す。涙目を隠しながら、アンドレイは部屋を出た。

 その後、それぞれの部下に連絡を受け、満足な話も出来ないまま、オルトスとシェールは医務室を出た。

 セシルに背を見せ、アルダンは戸棚を開けた。中の薬品を物色する。


「ちょっと、あなたねえ……何やってんの?」


「ちょっと失敬するだけだ。お、見ろよ、これなんか……」


 茶色く萎び、カサカサした物体をセシルに見せる。


「何よそれ?」


「これ高いんだよな。玉蘭ユイランであの薬屋、ぼったくった値段つけてたから買わなかったんだ。何だと思う?」


 さあ、と彼女は首をすくめた。アルダンはいたずらっ子のように笑う。


「ガケウサギの耳のミイラ」


 セシルは気味の悪いものでも見るかのようにした。本当に高いんだぞ、とアルダンが付け加える。

 そこから暫く二人は黙っていた。沈黙を破ったのはアルダンだった。


「なあ、本当に……本当にあの螺鈿の髪飾りに見覚えはねえんだな?」


 セシルはこくんと頷いた。


「ええ……残念ながらね」


 そうか、とアルダンは悲しそうに呟いた。


「忘れてくれ……」


 彼の声はセシルの頭の中で、幾重にもこだました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ