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113 二重螺旋の運命 4

 その日の夜、セシルはふと思い出してアルダンに話しかけた。


「ごめんなさい、あの……」


「なんだ」


「貰った髪飾り、エグモントに盗られた……」



 アルダンは一瞬、凄い目つきで何かを睨んだ。

 ごめんなさい、とセシルが繰り返す。それを見て彼はふうっと息を吐いた。


「別に構わねえさ。たいしたもんじゃない」


 でも、とセシルは食い下がった。


「あんなに大事そうにしてたのに?」


 やれやれと首を横に振り、彼はセシルの寝ているベッドに、彼女に背を向けるように腰掛けた。


「知りたいなら教えてやろう。こっちもたいしたもんじゃない。……今からだいたい二十年前、第一次月桂樹戦争が始まる少し前のことだ」


 彼はどこか遠くを見ていた。


「まだ俺がお前ぐらいの年齢の頃、一人の女海賊に出会った。ガカダンピカって知ってるだろう、シャルトレーズの南の港町だ。銀の髪の女で……とにかく綺麗な奴だった。けど、殺された。……俺の親父とキール元帥のせいでな。あの髪止めは、その女が着けてたもんだ」


 じゃあ大切なものじゃない、とセシルは震える声で言い、起き上がった。


「第一次月桂樹戦争っていうと、私が生まれた頃だわ。……私前に聞いたことがあるの。玉蘭ユイラン国には、銀の髪の持ち主は生まれ変わるっていう伝説があるらしいわね。あなたは、それを信じてるの……?」


 アルダンは相変わらず背を向けたままだ。


「昔のことだ。もう意味はない。だいたいお前には関係のないことだ。お前に俺の何が分かる」


「分かるわけないでしょ!?」


 セシルは声を荒げた。アルダンは驚いて彼女を振り返った。


「分かるわけないわよ、でもね、その悲しいのや辛いのが、どれほど痛いかは知ってる。経験することは違っても、痛みは分かるわ。どんなに苦しくて、いっそ死にたいという痛みは同じよ」


 アルダンは彼女をまるで観察するかのように眺めた。そして、興奮冷めやらぬ彼女をベッドに寝かせた。


「お前はいつかの俺の影法師だな。全く同じことを抜かしやがる」


 それから、あくまで気持ちを圧し殺した冷たい声で言った。


「いいか、俺はあいつを心底愛してたわけじゃない。ただ、誰かに俺の存在を認めてほしかっただけだ。……俺は少なくとも、この世で生きることを望まれていた存在じゃあねえからな。認めてくれりゃあ誰でも良かった」


 自分の愛し方なんて知らない―――セシルにはそれがはっきりと分かった。


「あなたと私って、本当にこんなところだけよく似てるわね……」


 心の底から沸き上がる何かを抑え、セシルは言った。しかしアルダンはその甘い声を掻き消すかのように言った。


「だからこそ、俺はお前とじゃれ合うつもりはない。俺は自由の中に生きる。今はまだ鎖に繋がれているがな……」


 彼は寂しそうに呟くと、籠の中の鳥を見た。

 アルダンは、そんな鳥獣を放すことで、自らを開放しているんだろうか?セシルは考えた。


「俺は生きるために生きるんだ」


 彼が何を言いたいのかは彼女には分からなかった。だから、曖昧に頷いてベッドに潜り込む他なかった。

 彼は立ち上がると、毒や薬があると言った棚を開けた。中からいろいろと取りだし、調合を始めた。


「……本当に薬に詳しいのね」


 手元から目を離さないまま、アルダンは頷いた。


「お袋から教わった。阿嬌あきょう薬師って呼ばれてな、美人だったんだと。俺の記憶ん中じゃあ、あんたみたいな感じだった」


 セシルは赤くなって、顔を見られないよう寝返りをうった。

 そして、お母様は玉蘭にいらっしゃるの、と訊ねた。アルダンは黙っている。セシルも無理には聞こうとしなかった。しかし、もう返事をするには遅すぎる頃になって彼は答えた。


「あの世だよ」


 体を起こし、セシルは謝った。なんだか彼の嫌な思い出ばかり掘り返している気がする。しかしアルダンは気にする様子もなく、寝てろと言い放った。

 暫くは薬を潰す音しかしなかった。突然アルダンは独り言のように話し出した。


「俺が好きな女はたいてい手の届かないとこへ行っちまう。だからあんたにはもうこんな感情は抱かないと決めたんだが……俺はやっぱり、災いの子らしい」


 彼は椀に薬を入れ、枕元へ持ってきた。


「飲めよ」


 セシルは素直にそれを飲んだ。苦いような辛いような、とりあえず不快なことに変わりはない味に、思わず顔をしかめる。この薬のせいで頭痛がきそうだ。

 しかしそれが喉元を過ぎると、彼女はアルダンの手を握り、泣いた。見ると、アルダンはやはり困っていた。


「なんであんたが泣くんだよ」


 それにも答えず、彼女は静かに泣いた。


「……安心して。私は死神将軍だから」


 ふっと息を吐くと、アルダンはまるで幼子をあやすかのようにセシルの濡れた頬を拭った。涙が傷口にかかり、セシルはそこまで痛くはないが、顔をしかめた。


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