11 相手
「そんな話はやめて」
「なぜシェールを避けるんだ。どうしていつもそうやって……」
「もういいでしょ。訓練に遅れるわ」
その時、マリアが部屋から出てきた。二人を見て、きょとんとする。
ごほん、と咳払いして、テオドリックがマリアに言った。
「マリア、今晩もし暇なら、一緒に……」
それだけ聞くと、マリアはぷいっと顔を背けた。
「シェールの誘いなら考えますが、そういうことならまたの機会に」
すたすたと廊下を歩いていってしまい、空しく手を伸ばしたテオドリックとそれを見るセシルが取り残された。
皆、マリアにご執心か……。
ふっと目を伏せ、セシルは心の中で呟いた。そして、下を向いて回れ右をした。その時、後ろからテオドリックの声が聞こえた。
「待ってセシル。今晩、暇?」
唐突な問いに、セシルは戸惑ったような表情を見せた。だがそれはほんの一瞬で、すぐにええと返した。
「二人で飲まない?久しぶりに。くだらない話でもしてさ」
「どこで?」
「食堂。夜十時に部屋に迎えに行く」
分かった、と頷いてセシルは廊下を歩いていった。
カチカチと何か当たる音がするので、気になって横を見やると、黒犬がいた。あまりに静かすぎてすっかり忘れていた。
テオドリックと飲むのは久しぶりだ。本当に、いつ以来だろう。大概肴はどうでもいい話。二人で話をする度、いつもテオドリックはセシルが本当はシェールを好きなんだと指摘した。今までは否定してきたものの、今度は上手く返す自信がない。
そんなことを考えながら、セシルはまず犬を返しに行った。
「軍人のくせに命を奪うことが嫌いなんて……」
司令官室に戻ったテオドリックは、一人でぼそりと呟いた。
「お前ら長生きできないよ」
はあっとため息をつく。椅子に座り、小さな紙切れを取り、白い羽根ペンでさらさらと何かを書いた。折り畳み、机の引き出しにしまう。
「ま、そういうとこが好きなんだけどな……」
そう言った時、兵が一人、ノックをして入ってきた。
「隊長、お食事をお持ちしました」
テーブルの上に食器を並べる兵を、テオドリックはまじまじと眺めた。
兵はたしか、テオドリックの統括する第三艦隊の中の任務部隊の一人だ。あまり綺麗ではないが、金髪が短く揃えられ、灰色がかった青の瞳はどことなく気弱な感じだ。顔にはそばかすがある。
テオドリックの視線に気付いた兵は、明らかに動揺した。
「あの、ヒュー中将。何か……?」
テオドリックは微笑んだ。
「なんでもないよ。行っていい」
失礼します、と言って兵が出ていった。
よくよく俺もいっぱしの人間らしい。戸惑いや、自責の念がある。
椅子を立って大きく伸びをして、テオドリックは昼食の方へ歩み寄った。




