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106 石の砦 3

 夜は冷えるが、昼間は比較的温暖だ。このファリシア要塞付近は雲が多く、夜はほとんど光を見ない。敵は光のあるうちしか攻めてはこない。もっとも、こちらも光のあるうちしか行動出来ないが。




 セシルがファリシア要塞に到着して暫くの後、戦況は悪化した。敵は今までアストレーズ軍を中心に構成されていたが、そこにカルディリア海軍陸戦隊が加わったのだ。


「打って出ないのですか」


 セシルはヴィッツェンに訊ねた。彼は眉を寄せた。


「無茶ですよ。……兵力に差がありすぎます。西の守りが崩されたら、その時は籠城ですね」


 他人事のように彼は言う。セシルは鋭い目をすると、司令官室を出ようとした。その腕をヴィッツェンが掴む。いつになく強い力に、彼女は驚いた。


「いけませんよ。西へ行くおつもりでしょう?ここでの最高司令官は私です。従っていただきましょうか。……なに、そんなにご心配なさらなくとも簡単に崩されるような守りではありませんよ」


 部下にアストレーズ・カルディリア軍の状態を逐一報告させ、ヴィッツェンは次々に指示を出していった。


「海はどうです」


「あまり情報がありませんが……おそらく、心配するほどのことはないと思います」


 自信なさげにセシルは答えた。

 その時、腹の底に響く重低音がし、足元が揺れた。机の上の本がなだれ落ち、軽いものが倒れていった。


「何事だ!」


 ヴィッツェンが階段を駆け上がり、指揮を執っていた司令官を呼んだ。


「閣下、敵の武器が……!」


 見下ろせば、今まで見たこともない大砲を持っていた。口径が大きい。


「それが、当たる方向は全くもって見当外れなのですが、威力が凄まじくて……奴ら、とにかくこの要塞をめちゃめちゃにしようとしているみたいです!なんだか、こちらの動きが読まれているような……」


 慌てた将軍はまるで酸欠の魚のようだ。


「大砲を使え!相手の大砲を狙うんだ!」


 舌打ちをしながらヴィッツェンが怒鳴る。

 その間にも敵の弾は、さまざまな方向へ飛んでは石壁にぶつかり、崩していく。


「くそ……持久戦も時間の問題か……」


 頭に手を当てて彼は悩んでいたが、おもむろにセシルを振り返ると口を開いた。


「あなたに騎兵隊と砲兵を任せます。陸戦隊も率いて敵のあの最前線を壊せませんか」


 本当はあなたにさせたくはないのですが、とヴィッツェンは苦々しげに言う。


「分かりました、すぐにやります」


 セシルは将軍達を集め、指示を出した。自らも備える。準備はすぐに出来た。馬に乗り、彼女の後ろに騎兵が整列する。

 合図とともに、静止の糸が切れた。門が開き、さざ波のような足音が響く。敵兵達は、ファリシア要塞のシャルトレーズ軍は完全に籠っているものとばかり思っていたため、少なからず動揺を隠せなかった。

 敵兵達は大砲の向きをいくつか変え、白兵戦に備えようとしている。セシルも先程出てきたばかりなので、ろくな策がない。 ヴィッツェンも特に指定しなかった。お互い運任せか、と彼女は自嘲気味に笑う。

 彼女は砲兵を出し、至近距離から発砲させた。こちらの大砲は射程距離も短く、今敵が使っているような破壊力はない。けれど、それで十分だ。敵の大砲のいくつかはあっという間に砲身に弾が命中し、使い物にならなくなった。

 だが、あの相手の大砲は破壊力が凄まじいうえ、どこへ飛ぶか分からない。


「砲手を狙え!」


 命令に、シャルトレーズ兵達の持つ銃から弾が飛び出す。

 敵もなかなかしぶとい。じりじりと後退しながら、明後日の方向に弾を飛ばす。

 すると突然、敵側から撤退の叫び声が聞こえた。皆一目散に背を見せた。セシルはにやりと笑い、追うように指示をする。その時、まだ粘っていた敵の砲兵が、最後に大砲を一斉発射した。轟音に、馬が怯えて振り落とされそうになる。必死で手綱を握ると、がらがらと石の崩れる音がした。


「あ……!」


 要塞が破壊されている。なんであの口の向きで要塞の上が壊れるのか。さっぱり理解できないが、セシルは焦った。ヴィッツェンが巻き込まれていなければいいけれど……。


「任せるわ、追って!私は戻る!」


 騎兵の将軍に声をかけ、セシルは建物に戻った。馬を飛び降りると階段を駆け上がり、砲台へ向かう。そこには瓦礫が山のようにあった。多くの人が倒れている。


「……ヴィッツェン中将……?」


 だんだんと静かになる大気に、セシルの声が溶けた。瓦礫を踏み越え、静けさの中を進む。防壁に隠れていた兵も彼女の姿を見て、震えながら出てきた。

 他よりも激しく破損しているところに、人が何人か折り重なって倒れている。セシルはそちらへ行った。

 自分の目を疑った。そこにはヴィッツェンと、その他兵が三人倒れていた。


「ヴィッツェン中将!」


 兵達も抱き起こしたが、彼らは直撃する砲弾からヴィッツェンを庇ったのだろう、もう手遅れだった。セシルはヴィッツェンの脈を確かめた。


「しっかりしてください、早く……だれか、止血剤を!」


 彼を抱き、セシルは悲痛なまでの声色で叫んだ。しかしヴィッツェンがそれを制した。なぜ、と問うセシルに力なく笑いかける。


「ここにはろくな薬はありませんが……まだ敵襲の可能性はあります。……とっておいてください……」


 そう喋っている間にも、彼の右の脇腹からは鮮血が服を染めていた。

 困ったような悲しげな顔でセシルはヴィッツェンを見た。目頭が熱くなる。深呼吸した息を吐き出した時、思わず声が漏れた。


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