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102 悲しみの荒野 5

「お辛いでしょう、それは分かります。けれど、そんなに悔いてばかりで何が出来るでしょう。テオドラ様もおっしゃったそうですね。国王たる者、常に臣下に勇気を与えよと」


 その時、シャルトレーズ兵がスキロスを呼んだ。


「陛下、お食事の準備が整いました」


 そうか、と国王は素っ気ない返事をする。


「すまないが、何も欲しくない……」


 兵は困惑した表情で立ち尽くしている。


「しかし、何か腹に入れねば……」


 賢允けんいん帝が促す。それにもスキロスは首を横に振り、断った。

 すると、賢允帝はスキロスに詰め寄った。


「それはあなたがテオドラ様の御遺向をないがしろにするということですかな」


「言って良いことと悪いことがございますぞ、賢允帝!」


 入口のところで兵が怒っている。賢允帝はそれを無視し、まだぼんやりしているスキロスに強い態度で出た。


「押し付けるつもりは毛頭ないが……我が国の古書にも書いてありました。国王たる者、たとえそれが己の苦痛となろうとも、国を守るためならば時にはせねばならないこともあると」


 スキロスは俯いて目を閉じ、暫く考えていた。その間、三人は無言だった。それからゆっくりと目を開け、スキロスは兵に向かって言った。


「すまないが、私の分の食事も用意しておいてくれ。すぐに行くよ。ああ、いつもよりは少なくしておいてほしい」


 兵はかしこまって出ていった。スキロスは賢允帝に向き直った。


「申し訳ありません」


 賢允帝とスキロスが同時に言った。思わず二人で顔を見合わせる。


「あのようなことを言うつもりでは……」


 賢允帝は頭を下げた。何をおっしゃいます、とスキロスは微笑んだ。


「あなたがおっしゃった通りですよ……このままではいけませんね。私は国王としてするべきことをせねば」


 悲しそうな顔で彼は妻の顔を見た。


「テオドラに叱られてしまいます」


 賢允帝もテオドラを見た。スキロスは改めて賢允帝を見つめ、頭を下げた。


「あなたのような同盟相手を持てて……シャルトレーズは感謝しております、玉蘭ユイラン国殿」


「何を水くさい……我々も誇りに思っておりますよ」


 二人は小さく微笑み、握手を交わした。スキロスと賢允帝はテオドラのテントを出ていった。

 出たところでは、テオドラに従っていた騎士がテントを守っていた。二十年前、スキロスとテオドラの婚約に荷担したためにアナクレア公国から追放された騎士だ。スキロスは立ち止まり、彼を見た。

 恐らく自分と同じように傷ついていることだろう。だが騎士は平然と立ち、直立姿勢を保っている。その頬には濡れた痕も見当たらない。


「すまないね……守っても甲斐のないことかもしれないが……せめて国に戻るまで、テオドラに仕えてやってくれ」


 スキロスは彼に話しかけた。騎士は驚いて国王を見る。


「陛下……」


 騎士の顔に、まるで雨粒のような涙が落ちた。すみません、と彼は謝った。

 スキロスは、彼がテオドラを好いていたことを知っていた。自分が彼女に出会うよりもずっと前から、彼は妻に仕えている。身分から言えばどんなに想っても報われない恋に違いないが、スキロスがテオドラと婚約した時―――いや、彼が婚約の手助けをした時―――この男はスキロスを何と思っただろう。引き裂かれるような思いを、こうして何年も秘めてきたのか?今その片鱗が見えた。

 スキロスは騎士の肩をぽんと叩いた。


「テオドラを……頼んだよ」


 騎士は深々と頭を下げた。無言でスキロスは賢允帝のもとへ戻り、歩いて別のテントへ行った。



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