10 黒い犬
「だから、カルディリア王国相手にそれは無謀だって言ってるだろ!?この分からずや!」
「あんたの頭がダイヤより硬いだけでしょ!」
「なんだとおお!?」
いつものように言い合いをしているのは、セシルとシェールだ。
パーゼル大将のもと、四人の中将は、アストレーズ王国と連合したカルディリア王国を仮想敵国として作戦を練っている。
点々と離れた土地や島を領土や植民地に持つ海洋国家であるシャルトレーズ王国は、陸軍を保有してはいるものの、数は圧倒的に海軍が多く、力も強い。故に、陸上戦もほとんど海軍が行っている。海軍は半数近くが陸戦隊も兼ねており、港を制圧すればそこから内陸に攻め込めるという点で、昔からその力は恐れられていた。
「カルディリアが第一要塞を突破した場合、必ずこの谷を通ってくるに決まってるわ。そして、ガシャー山の麓、アド村を占拠する筈よ」
「どうしてそう言えるんです?」
セシルの発言に、マリアが疑問を投げ掛ける。
答えたのはテオドリックだった。
「カルディリアは第一要塞を突破するまでに既に疲弊している……一番突破しやすい第一要塞の前には、アストレーズ王国との国境に最も近いアスリー川を渡らないといけないからな。あそこは急流の難所だ。疲弊した軍は早々に休息を求める。わざわざ遠回りして休むことはしないだろう。だから、第一要塞の後ろにある草の谷を通ってくる。草の谷は比較的険しくない。疲れた兵はまずそこを選ぶだろう。そして、谷を抜けたらガシャー山の麓には村がある。そこは高台になっているから、陣を構えるのに適している。そうだろう、セシル?」
テオドリックの説明に、セシルは頷いた。シェールはまだ不服そうだ。
「けどそんなこと、カルディリアの奴らだって考えつくぜ。俺がカルディリアの将軍だったら、裏をかいて無理してでも草の谷は避けて、もう一つ西のディーチェの丘で休むな。そこなら少し遠いが、周辺には岩が多い」
そこでシェールはセシルに向かって地図を叩いてみせた。
「お前はさっき、騎兵と装甲兵を用意すると言ったが、二つとも役に立たない。無謀すぎる」
しかし、その言葉に対してセシルは笑ってみせた。
「誰も騎馬や歩兵で攻めるとは言ってないのよ?」
「え?」
少し待ってて、と言い残し、セシルは部屋を出ていった。
暫くして戻ってきた時、テオドリックはあっと声をあげた。セシルは一頭の黒犬を連れてきたのだ。
「そいつは……」
「テオには一度見られたわね」
犬は大人しくセシルに従い、座った。少々興奮しているようで、犬の鼻息が荒い。
「まさか……犬を使う気か」
シェールが明らかに嫌そうな顔をした。
「でもシェール、軍でこういったことをしていないのは、もはやうちだけです。生ぬるいことを言っていたら、時代遅れになります。最近ではアストレーズ王国も軍用犬の武装集団を完成させたとか……」
独り言のように呟くマリアの表情を、テオドリックはちらりと見た。そして何か言いたげにシェールを見るセシルを見て、誰にも気付かれないように笑った。
シェールはマリアにも反論する。
「それでも犬は人の戦争には関係ないだろ」
「だがシェール、セシルの言うことも不可能なわけではない。むしろ、上手くいくかもしれない」
「そうね、でも私も人の戦争のために無関係の命が消えるのは嫌」
テオドリックが付け加えた時、セシルが言った。
「おい、意味がよく分からないんだが」
低い声でシェールが言った。セシルは彼を見た。
「犬を使って、アストレーズにいるカルディリア軍に偽の文書を届ければいいわ。カルディリア王国へ直ちに帰国するよう書いてある緊急の勅書なら、王への絶対服従が基本のカルディリアなら、きっとすぐ撤退する筈よ」
「なるほど、そしてディーチェの丘から降りてきた軍を騎兵と装甲兵で攻めるってわけか」
「そういうこと」
その時、今まで静かに聞いていたパーゼル大将が椅子から立ち上がった。
「いや、実に面白い案だと思うよ。……シェール、そんな顔をするな。軍用犬が嫌だ可哀想だ、なんて言ったって、伝書鳩と同じさ。君だって使っているだろう?」
「……でも」
シェールは反論できなかった。
「べつにアストレーズ王国みたいに武装犬を使おうとは思わない。人の戦いだということに関しては、私もシェールと同意見だ。だが、軍用犬に関しては元帥達が承認済みだ。むしろ、促進させようとしている」
四人の中将は黙ってそれを聞いている。
「なら……元帥達は、シャルトレーズ王国にも武装犬を投入するつもりなんですか」
小さい声でマリアが質問した。
「反対派の方が少ないね」
その答えに、四人は黙った。重い空気が漂う中、パーゼル大将が手を叩いた。
「さあ、昼からは各軍に戻って仕事をするように!ああ、それとマリアは残っていなさい。話がある」
マリア以外の三人は退出した。
「俺は反対だ」
シェールはそう言い残して、練兵場へ足早に歩いていった。
セシルは口を開きかけたが、シェールが去ったので何も言わなかった。ただその背中を寂しそうに見つめる。
「あれじゃまるで君が軍用犬の発案者だと決めつけているようなもんだ。どうして言わなかったの。最初に元帥達に提案したのはマリアだって。……きっと彼女、今も」
「やめてよ」
淡々と話すテオドリックを、セシルは遮った。




