01 あいつが許嫁?
エルシャンデル海に面したシャルトレーズ王国の海沿いの首都、エートス。白い石造りの建物の並ぶ首都にある海軍司令部の一室で、激しい論争が繰り広げられていた。
「だーかーらー、そんなもんちまちま造るよりは、外国からでっかい船を一つ買えばいいだろうが!」
「どこにそんな金があるの!小さくても最新の武器をたくさん揃えれば、色んな所へばらまける!その方がいいし、その分だけの金ならなんとかなるでしょ!」
「それじゃあ今は追い付かないんだよ!」
船を外国から買うべきだ、と主張しているのはシェール=ロシュフォードだ。まだ年若く、背もすらっと高い将校だ。金の髪はさらさらしているがショートに揃えられ、青の瞳は興奮で見開かれていた。
それに反論するのは同じくらいの年のセシル=コシュードだ。こちらは女性で、銀の髪を下の方で団子にまとめてある。背はシェールより頭一つ小さいが、女性にしては高い方だろう。紫がかった濃い青の瞳は、やはり興奮の色がある。白い肌は少し紅潮していた。
二人とも、中将の位をもつ貴族だ。
「まあまあ、二人とも落ち着いて……とりあえず座りなさい」
諭すのは少々白髪の混じる、恰幅の良いパーゼル大将だ。
「君らが言い合いをすると、いつもこうだな。お陰でもう時間だ」
「すみません……」
互いににらみ合いながらも、シェールとセシルは席についた。
「とにかく、今日決まったのは大砲三門を新調すること。これは確実だ。すぐ発注するからな。楽しみにしていてくれ」
パーゼルが退室した後、将校達がばらばらと部屋を出る。
「シェールっ。今日も大白熱でしたね!」
シェールに後ろから抱きついたのは、マリア=エレノールだ。赤みがかった茶色の、ウェーブした髪が腰まである。明るい緑の瞳は、大きくて愛らしい。
その後ろにはテオドリック=ヒューという青年がいる。こちらは焦げ茶の短髪で、目が細い。背はシェールと同じくらいある。
二人も中将の位をもつ。この四人は幼い頃からの学友、そして戦友であった。
「マリアっ。放せ、首が絞まる!」
マリアが手を離すと、シェールはごほっとむせた。
「無駄な論争は時間の無駄だと、この間も言っただろう」
「あの女がつっかかってくるからだ!」
テオドリックの言葉に、シェールが反論する。
「あんたが無茶なことばっかり言うからでしょ!」
セシルが言い返す。
「うるさい!もう会議は済んだんだから、ごちゃごちゃ言うな!これからどっかのお偉いさんと食べる夕食がまずくなる!」
それを聞き流し、ムカムカしたまま、セシルは三人を置いて司令官室へ入った。
そういえば、今日は私もどこかの貴族と夕食を共にすることになっている。何やら話があるとかで、父上も来るらしい。相手の名前は聞きそびれたが、まさかあいつじゃないだろうな。
一度家へ帰って着替えた。父のオルトス=コシュードは、とうに家を出たという。
会食は伯父上の屋敷ですることになっているのだから、一緒に連れて行ってくれればいいのに。
「アンレース!馬車の用意は出来たか?」
四〇の近いような男性が、かしこまって返事をした。セシルは最後に鏡を見て、おかしなところがないか確認すると、部屋を出た。
屋敷へ着いた頃には、空はすっかり暗かった。
玄関には父が待っていた。
「おお、セシル。待っていたぞ」
「父上……待っていて下さればご一緒しましたのに」
「すまないね、先に済ませておく用事があったのだ。相手の方も今お着きになったところだ」
伯父に挨拶を、と思ったが、彼は今領国にいるらしい。だからこの屋敷を貸してくれたのだという。
セシルは父のオルトスの後について行った。
「アルベルト、遅くなってすまないね。今娘が着いたよ」
父がそう言って広間に入る。一礼してセシルも入った。そして、愕然とした。
白いクロスのかかったテーブルには、淡い色のとりどりの花が飾ってある。食器は銀で、贅を尽くしたものだ。椅子は柔らかそうな赤のビロードに、金の装飾がある。そこに仏頂面のシェールが座っていた。
ああ、なんで……。
「さ、座りなさい」
父がシェールの隣を示す。
「なぜ私が……。父上がお座り下さい」
「いいじゃないか。毎日軍部で顔を合わせているくせに」
だからこそ、なのだが……。
セシルはしぶしぶ座った。料理が運ばれ、父親達の話をよそに、二人は黙々と食べた。
ごほん、とオルトスが咳払いする。
「まあ、無駄話はこれくらいにして……。二人に話がある」
セシルとシェールは同時に動きを止めた。
「長らく言おうと思っていたのだが……タイミングが、ね」
シェールの父、アルベルト=ロシュフォードが言う。
「何ですか、父上」
シェールが尋ねた。
「うむ……実はお前達二人は許嫁でな……お前達ももう十七だし、そろそろここいらで正式に婚約を……と思ってな」
次の瞬間、シェールがアルベルトに詰め寄った。
「そんな話、一言だって聞いたことない!」
「今言ったじゃないか」
「それ本当ですか父上!」
セシルも父に詰め寄る。
「ああ……お前達が生まれた時、私とアルベルトで決めたんだ。家柄もお互いに申し分ないし、悪くはないだろう」
そりゃあ家柄は文句ないが……。
「俺は反対だ!いくら親の決めた相手だからって、あんなじゃじゃ馬娘と!」
ムッとしてセシルが言い返す。
「私だってあんたみたいなちゃらんぽらん、お断りですっ!」
しかし、二人がいくら文句を言おうが、二人の父親達は聞き入れない。親の決めたことには子がそれを変える力はないのだ。特に、結婚に関しては。
「まあそう言わず……世の中がどうなるかなんて分からないだろう。男と女も一緒さ」
オルトスが言う。その時、セシルが席を立った。
「どうした、セシル」
歩いて戸口で立ち止まった。
「気分が優れないので屋敷へ戻ります。ロシュフォード卿、失礼します」
広間から出てきたセシルに気づき、供のアンレースは慌てて馬車の用意をした。しかし、なぜセシルが一人で出てきたのかについては、追求しなかった。
……どうかしてる。
頬をばしっと両手で叩いた。
いきなり許嫁だなんて言われて、シェールとの言い合いなんていつものことなのに目が合わせられなかった。考える度に心臓が跳ね上がり、頬が熱い。
父上達も全く……なんでよりによってあんな奴とだなんて!