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「現に、わたしがいいサンプル」
麻耶は手の平をテーブルの上に晒す。安っぽい蛍光灯に照らされてテーブルが透けていた。そういえば、彼女の手首には赤いリストバンドが。そこだけやけにまわりと浮いて見える。
「…………」
僕は何も言うことができなかった。彼女の考えは、分からない。感情がないのが本当かどうかさえ。……それはとても怖いことなのだ。どうしたって確かめることはできない。僕は、彼女にはなれないから。
「人間に戻る方法は、分かってるの?」
だから、代わりにこんな言葉がでた。
「たぶん……」
曖昧な答え。麻耶はゆるりと首を傾ける。
「ピース、を……集めれば、……戻れるはず」
「…………それはどこに?」
さっきから、質問ばかり返してる。いや、でもそれは仕方ないはずだ。麻耶は、あまり話したくないのか、単語を並べるように話す。説明にはすごく向いていない。
「物語達が、もってる」
──つまり、僕はその物語とやらからピースを奪う……いや、取り返せばいいということか。
「それが、手に入れば、実体を取り戻せる」
麻耶は多分、と言っているにしては不安を微塵も感じさせない声音で言い切った。………いや、それは感情が無いのだし当たり前なのか。
麻耶はこれで話は終わり、というように立ち上がろうとした。
「──ところで」
「…………?」
僕は、さっきから気になっていたことを聞こうと、麻耶に声をかけた。麻耶は無表情のまま首を傾ける。
「その、手首って…………」
その言葉を聞いた瞬間麻耶は自分の右手首を押さえる。彼女の左手が隠すように覆っているのは、赤いリストバンド。
「麻耶……?」
「……………………」
麻耶は、何も答えなかった。
「わたし……そろそろ、帰る」
それは端的で遠回しな拒絶。極端とさえ言える。立ち上がった彼女は、さっきにもまして消えてしまいそうだと思った。
「帰るって、どこに?」
僕も慌てて立ち上がる。彼女に見下ろされるのはなぜだか、怖かった。
「……電柱」
「は?」
麻耶の言葉に僕は思わずきつい声を出した。外はもう真っ暗で、そして春先とはいえまだまだ寒い。感情も実体もないとはいえ、女の子が一人でそこで夜を明かすっていうのは、駄目なんじゃないか。
「……そこ以外、いる場所なんて無い」
僕は前にも言ったとおり馬.鹿だ。どうしようもなく。
「……じゃあ、うちに泊まれば?」
するすると、普段の僕からしたら考えられない言葉がでてくる。このセリフ、ただの軽い男みたいじゃないか。いや、でも、あのまま外に出すのも危険だし……。
すると麻耶は肯定も否定もしなかった。
「というか、暫く、ここで暮らしていいから。……何かあったら、危ないだろ」
僕はごり押しするように、まるで必死に、そのあともいくつか理由を重ねた。それは麻耶に話しているというよりは、自分自身を納得させていると言ったほうが正しいかもしれなかった。
麻耶が頷いて、僕は安堵のため息をついた。でも、きっとこれから、もっと大変になるのだろう。僕にその覚悟はあるのか。……それは、まだ。分からなかった。




