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瑠唯先輩

 最悪だ。最悪だ。何が最悪かと言うと、茶碗を割ってしまった。お気に入りだったのに…、割ってしまった。朝食中に手を滑らせてしまい、茶碗は無情にも床の上で破裂音とともに砕け散った。茶碗は人数分しかないので予備はない。

「はあ、買ってくるか…。」

 もちろん今はそんな時間ないし、店も開いていない。彼は逃げるようにして家を出た。

「ドジね…。ところであの話はどうするの?」

 道を歩いていると背後霊の小柳瑠唯が言った。

「あの話?ああ、忘れてた。たぶん俺には選択の余地はないと思う。実際、あの教室に入れるかどうかも怪しい。」

 彼はクラスメート全員の目の前で魔法を使った。どんな反応になるか想像もつかない。恐れられるか、煙たがられるか、無反応か、憧れか…。

「たぶん大丈夫だと思うんだけどね。」

 瑠唯は楽観的だ。


「おお、楢葉。昨日はすごかったな。おまえ、何やったんだ?」

 教室に入るなり裕貴すけたかに話しかけられた。

「いや、単純に棒を降っただけ。」

 彼の返答は味もそっけもなかった。しかし、裕貴は瑠唯と違い表情を変えない。とはいっても、淳司には瑠唯の顔は見えない。

「そこは魔法使ったとか言えよ。」

 裕貴は彼のつまらない答えをボケに変えてツッコむ。だが、そのツッコミが真実とは裕貴自身は知らない。


「起立。礼。着席。」

 一時限目の授業が始まった。数学だった。高2だが最初なので難易度は高1程度。数学が苦手な彼でも余裕だった。

「はい、じゃあこれを楢葉。」

「X=7です。」

 ここから悪夢が始まる予感がした。

「はい。正解。ここの49がXの係数の…。」

 何やらひそひそと聞こえる声がある。

‘なあ、瑠唯。もしかして俺、耳よくなってる?’

 彼はノートの端に書いた。

「うん。でもどうして?」

‘ひそひそ話が聞こえるんだよね…。’

 さすがに内容までは聞き取れないが、何やら教室全体が不穏な空気に包まれた。そんな気がした。最早、彼にとっては疎外感だった。


 一時限目が終わると彼は生徒会室に直行した。メンバーは全員そろっていた。

「あ、淳司。来てくれたんだ。今、来ないんじゃないかって話してたところだったの。」

 葵が嬉しそうに言った。

「いえ、昨日は俺もやり過ぎました。」

「ごめんね。こっちも先に言っとくんだったね。」

 彼が謝ると葵も謝った。

「ちょっとゴメン。」

 瑠唯が唐突に彼の体を奪い取った。

「久しぶりー。」

 瑠唯が彼の体で言った。声は瑠唯の声だった。

「る、瑠唯先輩?どこに…。」

 真っ先に反応したのは朱音だった。

「ああ、今淳司の体借りてるの。」

(うわ、こいつ平然と言いあがった。無理やり奪ったくせに。しかも、みんな納得してるし。)

 彼の言葉は誰にも届かない。正確には瑠唯に届いてはいるが、瑠唯がそれを無視しないわけがない。

「へえ。背後霊ですか。てことは今前後入れ替わってるってことですね。」

(確かにそうだけど口で言うほど簡単じゃないぞ。)

「さすが朱音ちゃん。鋭いね。」

 瑠唯は感心したように言う。それからしばらく彼は空中に意識を放り出されたままだった。瑠唯が彼の体を使ってのんびりとお茶していた。彼の口には合わない砂糖が大量に入った紅茶が、否応なしに彼の味覚に投影される。

「あまっ!甘すぎるって。」

 彼が言った。

「うるさいなー。あたしの趣味なんだからほっといて。」

 瑠唯は不機嫌そうに言った。彼はどうすることもできなかった。

「え?今誰と話してたんですか?」

 遥希が言った。

「ん?ああ。淳司とね。今あたしの後ろに居るんだ。今は背後霊だからみんなには見えないけど。」

 またもや平然と言った。最早、彼女にとってはこれは普通のことかもしれない。もしかすると1+1が2であることと同じかもしれない。彼は瑠唯に体を乗っ取られているせいで、仕草がいちいち女子っぽい。彼が後ろから見ていても絵にならないし不自然だ。しかし、瑠唯の後輩たちも当然のことのように受け流している。

「あはははは。でさ…。」

 彼にとって退屈なガールズトークは3時間続いた。どんな男子がいいか、と言う話題になって、

「淳司とかどうなの?」

 と、嫌がらせか何かのように瑠唯が言った。

(瑠唯。それは勘弁して…。)

「うーん。なかなかいい子だと思うよ?」

 朱音は本人に気づかってか世辞でもいいことを言った。

「えー、そう?なんか生意気そうだよ。」

(二宮さん!本人を目の前にしてそれは…!)

「そうだよね!」

(葵さんまで肯定するな!)

「魅麗は?」

 瑠唯は容赦なく魅麗に話をふった。

「べ、別に…。どうでもいい。」

(水流さん。それってありっすか。)

 しかし、彼は魅麗の返答のぎこちなさに気付かなかった。生徒会のメンバーも容赦なかった。好みの話がいつの間にか悪口になっていった。

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