背後霊
とりあえず帰宅した彼はベッドにダイブした。あれから彼はふてくされて、そのまま帰ってきた気がする。挨拶もせずに。何か悪いことをした気がした。彼は眠りについた。
「あの、気になってたんだけどあなたは誰?ロッドとか言ったりしないよね。」
「あ?言ってなかったっけ?」
夢の中で女性は聞き返す。彼は黙って首を横に振った。
「あたしはあなたの背後霊。ずっと後ろに居るの。」
(だから声がする方向が後ろからなんだ。)
彼は感心していた。表情を確認できないのもそのせいだ。
「驚かないの?」
「いや、少しは驚いてるけど、それほどでも…。」
彼の反応の薄さにあきれる背後霊だった。
「あんたさ、どういう心なわけ?もしかして感情閉ざしちゃったかわいそうな子、じゃないでしょ?」
「感情を閉ざしてるなら、あそこで激怒して帰ったりしないって。」
「笑みぐらい浮かべなさいよ…。」
背後霊は彼からのまともなツッコみを半ばあきらめていた。
「もういいよ。」
「なにが?」
背後霊の不意に一言に彼は驚いた。微睡んでいたこともあるし、その内容にも驚いた。しかし、それは彼の早とちりだった。
「あんたのツッコみ、ぜんっぜん面白くないもの。」
「そんなに強調するか?」
それなりのツッコみはしたつもりだった。
「うーん32点。」
「中途半端な数字だな、おい…。」
「半端な数字が好きなの。」
「何で?」
(こういうのはできるだけツッコもう。ああ、モンスターと戦うよりキツイ…。)
「いいじゃん。趣味なんだから。」
「そう…。まあ、人のこと言えないけど…。」
「え?そんな半端な数字なの?」
いい具合に食いついてきた。
「1024」
「うわー、半端なく半端な数。」
「どういう言い方?」
「さあ。」
彼は目を覚ました。
「わざわざ寝る必要うなかったな…。だろ?」
彼は背後霊に話しかけた。
「全然なかったよ。だから不思議だったんだけど。」
「だよな。おかげで完全に寝過ごした…。もう午前五時だよ。腹減った。腹減らない人がうらやましい。」
「あ、あたし?あたしもお腹減るよ。」
意外な返答だった。
「背後霊が物食うんだ。」
「そう。人と同じものをね。ちなみに、味も分かるよ。」
「どうやって食べるの?俺の知る限り食べてないけど…。」
これがボケだったとしてもツッコむ気力もなかった。
「コンビニで万引き。」
「そこはスーパーだろ。」
「どうして?」
「買い物しようと町まで♪出かけたーら♪財布を忘れてー♪スーパーで万引き♪…だろ。」
彼はかの有名なアニメサザ○さんのオープニングの世に出回っている替え歌を歌った。
「歌わんでいい!」
(はい、ツッコみを学ばせていただきました。)
「実際はあんたと一緒に食べてるよ。食卓を囲んで。と言うか、そこは魔法でエネルギーと味を共有してるの。」
「寄生虫かよ!」
ボケのつもりでツッコんでみた。しかし、
「そんな感じ。」
背後霊は笑って言ってのける。
「認めるんか。」
「だって、やってることは同じだし。」
「俺はツッコみを期待したんだが…。」
彼が言うと背後霊は不思議そうに言う。
「ツッコみってどんな?」
「例えば、虫と一緒にするな、とか。」
「あ、そういうこと?何しろ浮世を離れて早幾年…。」
「ばあさんか!」
と、ツッコむと背後霊は満足げだった。
「その調子でツッコんでってね。さて、食べに行こう。」
「行こうって、どこに?」
「キッチン…って、そうか。あたし実体ないんだ。ちょっと借りるね。」
「え、借りるって何っ…。」
(ぐぬぬぬぬ。えげつないな。取りつかれちまったよ。と言うか入れ替わった。)
彼が見たのは自分の後ろ姿だった。普段は見ることのできない自分の後ろ姿。背中にロッドが斜めに担がれている。なかなかカッコよかった。
彼の体と魂はキッチンに向かった。体は料理をしているが、魂はその画にならない光景をただ眺めていた。やがて彼の体で作った彼女の手料理が完成した。
「ふう、お疲れ。じゃ、返すね。」
彼の意識はグッと前に引っ張られていった。そして、目線がいつもの目線に戻った。椅子に座っていた。
女子から手料理を振る舞われたのは初めてだった。遠慮がちにスプーンですくったスープを口に運ぶ。
「いただきます。…!美味い…。」
コンソメの味がよくきいたスープ。濃厚な味わいはたちまち彼の腹を満たしていった。
「ホント?よかった。手料理作るの久しぶりだからちょっと自信なかったの。」
背後霊は満足げにかつ照れ隠しで言った。
「そうそう、あたしの名前も知らないままだったよね。」
背後霊は笑った声で言った。
「あたしは小柳瑠唯よ。」
ありがとうございました。