淳司の実力
四月吉日。時刻は午後八時半。
テレビ中継の野球は山場を迎えていた。ブレイバースとビースツの一戦。早すぎる九回表、スコアは0対0。ピッチャーはビースツの武田。対するバッターはブレイバース、上杉。ライバル同士の真剣勝負。どういうわけか、大抵この勝負になるときにはランナーがいない。2アウトで3ボール2ストライク。次の一球が命運を分ける。武田が振りかぶって投げる。上杉の鋭いスイングが武田の球を捕える。
「打ったー!大きいぞ!入るか!?どうだ…」
「うるさいなぁ。騒ぎ過ぎだって!」
沙月は容赦なくテレビの電源を切る。なぜか沙月はこの頃機嫌が悪い。
「今、いいところなのにぃぃぃぃ……!」
この瞬間を待ちに待っていた淳司と浩司は沙月に食って掛かる。しかし、今リモコンの主導権は沙月にある。
(リモコンを奪うには…、これを使うか。)
淳司は背中に手を回す。ロッドを右手にしっかり握る。ロッドが背中で姿を現す。その光景は沙月の目にも映る。
「ふん。今日と言う今日はその脅しに動じないわよ。」
沙月は得意げに笑う。彼が本当に使おうとしていると知らずに。
彼は以前は酒乱の幸太郎を抑える以外には魔法を使わなかった。しかし、生徒会で魔法の力加減の方法を覚えたため、最近はいろいろと使っている。
「姉ちゃん…、ガチだよ。」
浩司は恐れをなして言った。
「5、4、3、2、1…。」
彼は軽く一振り。この力だったら軽く押した程度で済む。沙月は短く声を上げて後ろに崩れる。リモコンが宙を舞う。彼はそれをキャッチして内野手の守備のようにテレビの電源を入れた。
しかし…、
「ええ、今回は上手く抑えられたと思います。」
と、武田が言った。
「最後はヒヤッとされたのではないでしょうか?」
「そう…ですね。あの場ではいっつも打たれているので、今日はフライで抑えられてよかったと思っています。」
(ウソだ。そんなバカな。あの打球が入らなかっただって…。しかも負けてるし…。)
淳司も浩司もガックリとうなだれた。
「真田選手のホームランで決まりましたね。」
「はい、本当に感謝しております。」
画面に会場のアナウンサーの質問に満面の笑みで答える武田が映る。
「何したのよ、今!」
淳司は沙月の逆鱗に触れてしまったようだ。暴力的な姉はその手にサランラップの芯で攻撃してくる。
「お?盛り上がってるな…。俺も参加させてもらうぞ。」
(出た、酒乱の幸太郎。)
浩司はそそくさと逃げ出した。母、瑞穂は自室で本でも読んでいるのだろう。
(俺も幸太郎の子だな…。)
こうなると痛感する。血が騒ぐ。
「まとめて相手してやるぜ!」
彼は言った。二人は同時に襲いかかってくる。幸太郎はビール瓶を手に持っている。
沙月は打ち下ろし、幸太郎は右なぎ。彼はロッド一本で受け止める。すると沙月は左になぐ。それを軽い足取りで後ろにかわす。
(縛りプレーだな。遠距離は禁止で。)
沙月は俊敏だった。空振りしたことが分かるとすぐに次の攻撃を繰り出す。それにも増して彼は俊敏だった。攻撃一辺倒の沙月の攻撃パターンを見破る。
打ち下ろして、薙ぎ払い、切り上げる。大抵このパターンだ。バリエーションが少ない。
彼は打ち下ろされた芯をロッドで受けると左に傾けた。かなり力んでいた沙月は前につんのめった。その頭をロッドで軽くたたく。
ビシッ。
ロッドと頭の間に稲妻が走る。沙月は気絶した。あと一人。雑魚の幸太郎。ビール瓶を闇雲に振り回すだけで、かわすまでもなく当たらない。
彼はロッドを左手に持ち替えたロッドで受け止めた。次の瞬間のボディーブローは見る者をスカッとさせる小気味のいい一撃だった。
「ナイスパンチ。」
「どうも。」
瑠唯は言った。彼は短く答えた。