ゲーテ全集
孫の幸男が高校に合格すると、息子の嫁に「おじいちゃん一人では寂しいでしょうし、市営住宅で五人家族は手狭だし、幸男もそれを望んでいるから一石三鳥ですよ」と言い含められ、食事は一切出さないことを条件に自転車で五分しか離れていない幸盛の家の二階で寝泊まりすることになった。
幸男は幼少の頃から気配りのできる心やさしい孫だった。小学三年生の時から始まった『お誕生日おめでとう肩たたき券』を七年間忘れずに届けてくれたし、誰に似たのかおしゃべりで、何かにつけて幸盛にことばをかけてくれる。
幸男が通うようになったある夜、幸盛が「北斗」の原稿を書いていると、バスタオルで髪を拭きながらやってきた。
「おじいちゃん、二階にあるゲーテ全集は全部読んだの?」
「ばか言え。全集なんてもんは読むためにあるんじゃない、眺めるためにあるんだ。ゲーテに興味があるのか?」
「今日の試験問題に出てきたからさ」
「七十四歳の時に十九歳の乙女に本気で結婚を申し込んだスケベじじいってことは教えてもらったか?」
「へえ、そうなの? うちの先生、頭が固くてそんな面白いエピソードは話してくれないよ。フランス革命に対しても批判的だった炯眼の持ち主、って先生は言うんだけどさ、おじいちゃんはどう思う?」
「おいまてこら、フランス革命といえば近代市民社会創出の原点ともいえる、正義の革命じゃないのか?」
「だろ。ところがその先生が言うには、戦争や革命といった暴力的手段は先鋭化してドグマ化し、原理主義の系譜に連なる危険性を常にはらんでいる、だってよ」
「ゲーテがそう言ってるのか?」
「『ヘルマンとドロテーア』って叙事詩にあるらしいよ。さっき探したら全集の第二巻にあった。はい、これ」
幸男は浴室の横の台の上に置いてあった本を取ってきて幸盛に手渡した。
「ほんじゃ、オレ試験明けでヘトヘトだからもう寝るわ」
「そうか。おやすみ」
「おやすみーい」
幸盛は幸男が階段をギシギシ上がる音を聞きながら、キーボードを机の奥に押しやって、ゲーテ全集第二巻の『ヘルマンとドロテーア』のページを開いてみた。
一人の智恵ある老人が登場し、高邁な理想を説いていたはずの革命軍兵士が、いったん戦況が不利になるや略奪暴行の限りをつくし、あさましい獣のごとき所業に走ったことを語った上で、この老人は次のように言う。
『いっぱし我とわが身を治めることができるような顔をして、自由なんぞを口にすべきではないのです! いったん柵がとり払われると、法におさえられてほんの片隅にひっこんでいたあらゆる悪が、たちまち のさばりだしてくるのですから』
うむ、高校の先生が言いたかったのはこの部分だな、とあたりをつけ、気が晴れたので本を閉じた。そして二階へ上がり、幸男の部屋とは反対のドアを開けて書庫にしている部屋の蛍光灯をつけ、ゲーテ全集の第三巻を抜き取った。
そのまま降りようとしたが、一瞬ためらった後で幸男の部屋のドアを軽くノックしてみた。
「おい、もう寝たか?」
どうぞ、と声がしたのでドアを開くと、幸男はベッドに仰向けに寝転んで少年ジャンプを読んでいた。幸盛は用件だけで済ますつもりだ。
「その先生は、古典文学について何か言ってただろ?」
意表を突いた質問に少年ジャンプをバサリと顔に載せ、少しずらして口だけを出して言った。
「たしか、『古典に取り組むということは、知識の増大よりも何よりも、それによって新しい自分になることだ』ってなことを言ってた」
「なるほど。いい先生だな」
「うん。だから今、進路は高校の社会科の先生も悪くないな、って考え始めてる」
「たしかに悪くない。がんばれ」
と少年ジャンプで顔をふさいだまま眠りこけそうな幸男を激励し、幸盛はドアを閉めた。
『ファウスト』を開くのは、思い出せないくらい久しぶりのことだった。第一部「書斎」の場でファウストは新約聖書のヨハネ伝福音書の冒頭の一句「はじめにロゴスありき」の「ロゴス」をドイツ語に訳そうとする。ルターの訳で「言葉」となっていることが不満で、「こころ」「力」と置き換えてみるが納得できず、そしてついに「霊のたすけ」によって、その力を行使する主体的な「行為」に置き換え、満足する。
なるほどゲーテは「実践」の人だった。それはゲーテの女性遍歴ひとつみても納得できる。好きになったらウジウジ考えずに告白するってわけだ。だったらフランス革命だってイケイケのはずなのに、矛盾していないのか?
やれやれ、とためいきをもらし、ついに全集を読破せねばならぬ時期が到来したのかと、目薬をさし腰をさすりながら覚悟を固めたのだった。長生きはするもんじゃない。
* 文芸同人誌「北斗」 第566号(平成22年4月号)に掲載
*「妻は宇宙人」/ウェブリブログ http://12393912.at.webry.info/