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婚約破棄された無能な私、王都の結界を止めたら3日で崩壊しました〜今さら土下座されてももう遅いので、隣国で正当に評価されます〜

作者: カルラ
掲載日:2026/04/29

王宮の大広間は、やけに静まり返っていた。


普段なら貴族たちのざわめきが絶えない場所だというのに、今日に限っては、誰もが息を潜めている。


その中心に立たされているのは、私だった。


「エリシア・ヴァルノワール。お前との婚約を、ここに破棄する」


玉座の前でそう宣言したのは、この国の第一王子、レオニード殿下。


まるで芝居の台詞のように整った声音だったが、その目には一片の情もなかった。


――ああ、やっぱり来たか。


内心でそう呟きながら、私は軽く息を吐く。


「理由をお聞きしても?」


形式的に尋ねると、殿下は鼻で笑った。


「決まっているだろう。お前が“無能”だからだ」


広間に小さなどよめきが走る。


けれど、それは驚きというよりは「やはり」という空気だった。


「王宮魔術師でありながら、攻撃魔法の一つも満足に使えない。華やかな戦果もない。そんな者が王妃になるなど、国の恥だ」


「……なるほど」


「だが安心しろ。代わりは既にいる」


殿下の隣に一歩進み出たのは、白い衣に身を包んだ少女だった。


「聖女ミレイユだ。彼女こそ、この国にふさわしい存在だ」


柔らかな微笑み。透き通るような声。


「エリシア様。今までお疲れ様でした」


その言葉は労いのようでいて、どこか勝ち誇っている。


「これからは、私が皆様をお守りします」


拍手が起きる。控えめだが、確実に。


私はそれを、ただ静かに見ていた。


「……以上だ。エリシア・ヴァルノワール。お前を王都から追放する」


「承知しました」


あまりにもあっさりとした返事に、殿下の眉がわずかに動く。


少しは取り乱すと思っていたのだろうか。


「最後に何か言うことはあるか?」


「そうですね」


私は一歩だけ前に出て、軽く頭を下げる。


「では――止めますね」


「……何をだ?」


問い返す声に、私は微笑むだけで答えなかった。


王都を出るのに、そう時間はかからなかった。


元々、持ち物は少ない。


必要なのは、ほんの少しの衣類と、最低限の生活道具だけ。


城門をくぐるとき、背後から誰かの視線を感じた。


振り返ると、そこにいたのは見慣れない男だった。


黒髪に落ち着いた瞳。装いからして貴族――いや、他国の使者だろう。


「……興味深い方ですね」


小さく呟く声が、風に乗って届いた気がした。


けれど、私は足を止めなかった。


もう、振り返る理由はない。


異変は、三日で起きた。


最初は些細なものだった。


王都周辺で魔物の出現が増えた。


次に、天候が乱れ始めた。


晴れていた空が突然曇り、雷が落ち、強風が吹き荒れる。


そして――


「結界の出力が、急激に低下しています!」


王宮の魔術師たちが悲鳴のように叫ぶ。


「何だと!? 原因は!」


「不明です! ですが、このままでは――」


外壁を守る結界に、ひびが入る。


それは目に見えるものではない。


けれど、魔力を扱う者なら誰もが理解できる“崩壊の前兆”だった。


「ミレイユ! どうにかできるだろう!?」


縋るように叫ぶレオニード殿下。


聖女は顔を青ざめさせながら、必死に祈りを捧げる。


光が広がる。


けれど――


「……だ、駄目です……抑えきれません……!」


その声は、絶望的だった。


「なぜだ! お前は聖女だろう!?」


「わ、わかりません……こんなの……」


外では既に、魔物の群れが城壁に押し寄せていた。


そして誰かが、ぽつりと呟く。


「……エリシア様が、いなくなってから……」


その一言が、広間を凍りつかせた。


辺境の小さな村は、静かだった。


王都とは違い、空気は穏やかで、風も優しい。


ただし――結界の外側に近い分、本来なら危険な場所でもある。


それでも私は、問題なく暮らしていた。


「……来ましたね」


扉を叩く前から、気配でわかる。


「入っても?」


「どうぞ」


扉を開けて入ってきたのは、あのときの使者の男だった。


「改めて。隣国アルヴェリアの使者、カイルと申します」


「エリシアです。……知っているでしょうけど」


「ええ、もちろん」


彼は部屋を見渡し、そして私に視線を戻す。


「あなたが“止めた”のは、王都の結界ですね」


「さあ、どうでしょう」


とぼけると、彼は苦笑した。


「我が国でも観測されました。世界全体の魔力循環が乱れている」


「大げさですね」


「いいえ。むしろ控えめな表現です」


彼は一歩近づく。


「あなた一人で、あれを維持していたのですか?」


少しだけ、沈黙する。


隠す意味も、もうないか。


「……正確には、“そういう体質”なんです」


生まれつき、魔力を外に流し続ける。


意識せずとも、周囲を安定させる。


それが、私の力。


「王宮にいる間は、結界に接続されていましたから」


「つまりあなたがいなくなれば――」


「維持できなくなりますね」


あっさりと言うと、彼は深く息を吐いた。


「……とんでもない話だ」


「でも、“無能”らしいですよ?」


少しだけ皮肉を込めて言うと、彼は首を振る。


「理解できない者にとっては、そうなのでしょう」


その言葉に、ほんの少しだけ救われた気がした。


王都は、崩壊寸前だった。


結界はほぼ機能を失い、魔物が街中に侵入している。


貴族たちは逃げ惑い、兵士たちは疲弊しきっていた。


「エリシアを連れてこい!!」


レオニード殿下の叫びは、もはや威厳など欠片もない。


「どこにいる!?」


「辺境の村にいるとの報告が……!」


「すぐに向かう! 馬を用意しろ!!」


その横で、聖女ミレイユは震えていた。


「わ、私は悪くありません……こんなの……知らなくて……」


誰も、答えなかった。


数日後。


私の家の前に、豪華な馬車が止まった。


扉が開き、転がるように降りてきたのは――元婚約者だった。


「エリシア!!」


息を切らし、泥にまみれた姿。


かつての威厳はどこにもない。


「……お久しぶりです、殿下」


「頼む……戻ってきてくれ……!」


いきなり、地面に膝をつく。


「お前が必要なんだ! このままでは国が――いや、世界が滅ぶ!」


その必死さに、嘘はないのだろう。


けれど。


「無能に任せるのは、不安では?」


静かにそう返すと、彼の顔が歪んだ。


「そ、それは……」


「攻撃魔法も使えず、戦果もない、役立たず……でしたよね?」


一歩近づく。


「そんな者に、世界を任せるんですか?」


言葉が、突き刺さる。


彼は何も言えない。


「……条件があります」


「な、何でもする! だから――」


「あなたの王位継承権の放棄」


「なっ……!?」


「それと、聖女ミレイユの国外追放」


彼の顔が蒼白になる。


「そ、それは……」


「無理なら、別に構いませんよ」


くるりと背を向ける。


「私は、ここで静かに暮らしますから」


「ま、待て!!」


必死の声。


長い沈黙のあと――


「……わかった」


絞り出すような声だった。


結界を再び起動するのに、時間はかからなかった。


元々、止めていただけだ。


王宮の中枢に立ち、ゆっくりと魔力を流す。


世界が、応える。


乱れていた流れが整い、崩れかけていた均衡が戻っていく。


外では、魔物たちが次々と退いていった。


空は晴れ、風は穏やかになる。


「……終わりました」


振り返ると、誰もが言葉を失っていた。


その中で、元王子だけが深く頭を下げていた。


「……すまなかった」


「もう終わったことです」


興味はなかった。


本当に。


数日後、私は王都を離れた。


今度は追放ではない。


自分の意思で。


「本当に来ていただけるとは」


城門の外で待っていたのは、カイルだった。


「あなたの国は、ちゃんと評価してくれるんでしょう?」


「もちろんです」


彼は穏やかに笑う。


「少なくとも、“無能”とは言いません」


「それなら安心ですね」


少しだけ、笑みがこぼれる。


馬車に乗り込み、王都を後にする。


振り返ることは、もうなかった。


世界は、変わらず回り続ける。


けれど今度は――


「ちゃんと、正しく評価される場所で」


小さく呟く。


それだけで、十分だった。


世界は、ようやく正しく回り始めたのだから。


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