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灰色の空と、金の狼  作者: 灯薄
【始動編】
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6. 王配




息を呑む。




私はたっぷり十秒使って、彼女の言葉を咀嚼した。


「私、が、友人ですか?」

「あ、ああ。ほら、私はいわば、お前の恩人だ。貧民街から救いだし、食事も与えて―――いや、やめよう」


レオナは言い訳をやめ、首を横に振ると、その美しい藍色の瞳で私を見つめてくる。

私が唾をのむのと同時に、彼女の口が開いた。


「最初にお前に出会ったとき、分かった。お前は使える人間だ。だから気に入った。私は有能な人間が大好きだからな」


「有能、というと、どのような所がですが?」


「そうやって私にきちんと質問出来るところだ。それに勿論、すぐにとは言わないし、ゆっくりでいい。どうだ?」



私はぐっと言葉を飲み、返事を探す。



あまりにも真っ直ぐで、取り繕いのないレオナの言葉が、胸の奥に静かに沁みていった。




正直、今自分が抱いている気持ちが何かは分からない。

この奇跡に名前を付けてしまえば、途端に消えてしまうのではないか――そんな気がしたから。


「私は、構いません。寧ろお願いしたいほどです。食事は、与えて頂けるのですか?」



結局、そんな言葉しか出てこなかった。



きっとこの胸に込み上げる感情は、粥のせいである。

そんな風に自分を誤魔化していると、私の言葉に目を見開いていたレオナが破顔した。



「勿論だ。私の権限の全てを使って、お前に最高の食事を提供しよう。……父上に許可を取らないとな」



嬉しそうな彼女は、そんなやり過ぎた誓いをしてくれる。

最後の一言、もしかしなくてもそれが一番難関なのではなかろうか。



でも、彼女ならばなんとかしてしまいそうな気がした。



「レオナ様。お食事中のところ、申し訳ありません。アウグスト王配殿下がいらっしゃいました」

「父上だ。最高のタイミングだな」


レオナはそういうと、おもむろに立ち上がる。

丁度粥を食べ終わった私も、それに習った。


その直後扉が開き、一人の男性が入って来る。

肩にかからない程度の黒髪を持つ、穏やかな顔立ちの男性だった。

細身だが、腰に剣を佩いている事から武人ということが分かる。


「父上。只今戻りました」


レオナが畏まった態度で話す。


この人、本当に敬語が使えたのか。

私は地味に驚きつつ、礼儀が分からないながらも背筋を伸ばした。


「無許可で城を抜き出しておきながら、ぬけぬけと言うものではない。……ところで、随分と面白い拾い物をしたようだな」


アウグスト王配殿下—アウグスト様が、私の方をちらりと見つつ言った。



「物ではございません。人です。攫ってまいりました」


「ほぉう?」



面白そうな顔つきになるアウグスト様に、私は一人こっそりと冷や汗を流す。

そんな私の状況に気が付いたかは分からないが、アウグスト様は私の方を向き、微笑んだ。


「君の話は、レオナにつけていた隠密から聞いている。なんでも、道端に倒れていたレオナに触れそうになったそうだな。隠密の者がどうすればよいか悩んでいたらしいぞ」


「……父上、やはり私に隠密を付けていらしたのですね」


「当然だろう。貧民街でお前が倒れた時、城に連れて帰るべきか聞いてきた。様子見にせよと言ったのは私だがな。しかし、このように敬語を使える貧民街の子供など、よくもまあ見つけたものだ」




あのまま私がレオナに触れていたら、私は殺されていたかもしれない。




王族付きの隠密だ。貧民街の子供一人、何の躊躇いもなくさくっと殺せるだろう。

そんな考えたくもない想像に、冷や汗が止まらなかった。


「リヴィア、と名付けられたようだな。……娘がすまない。君が戻りたければ今すぐ手配しよう。ここまで連れてきてしまったんだ、平民として暮らせるようにする」


私を気遣うそぶりを見せたアウグスト様に、私はゆっくり首を振って見せる。


「いえ。私としましては、レオナ第一王女殿下に望まれる限り、側に居りたいと考えています」


「そうか。貧民街出身の者は城に多くない。こちらとしても助かる。……それに、レオナがこんなに楽しそうなのを見るのは久しぶりでな。最近は自由な行動をさせる事が多くなっていたが、正解だったようだ」


やれやれ、と言わんばかりの父親に、レオナは一層しおらしい表情になる。


「自由な行動をさせて下さりありがとうございます、父上」


「ああ。これからはもう少し慎んでくれ。こちらの心臓が持たない。それと、リヴィア。これからは、一時的にレオナの従者として城で生活してもらう。ただし、完全な自由は与えられない。しばらくは隠密を付け、行動を把握させてもらう。それが条件だ。……理解してくれるか」


「勿論です」




不審な行動をとれば、命の保証はない。

それを暗に言い渡された私は覚悟を持って頷いた。




元より、最初から信頼されるわけがないと分かっていた。このように城の中で役目を与えて貰えただけで、この世界では人生の当たりを引いたと言っていい。



「良い返事だ。陛下には私の方から伝えておこう」



私の態度に満足したように頷いたアウグスト様は、次の瞬間、すぅうと表情を消した。


そして、その表情のままレオナに向き直る。

びくっとレオナの肩が揺れ、上目遣いになった。


「それで、レオナ。無断で城を抜け出したことについての弁明はあるか?」


「そっ、それは……」


言葉を探す様に視線を揺らすレオナに、アウグスト様の顔が厳しくなる。


「お前は、第一王女としての自分の価値を理解していないようだな。一回抜け出すごとにどれだけの人間に迷惑をかけると思っている?今回まではお前を信頼して目を瞑ったが、これからの態度しだいでそれも考え直さなくてはならない」


「申し訳ございません……」


王配としての立場から淡々と告げるアウグスト様に、レオナは唇を嚙む。

とんでもない行動をとった自覚はあったのだろう。





「では、このリヴィアを出会った意味を、そして彼女の価値を証明して見せましょう」





「はっ?」


急に私の名を出され、私は思わず口を入れてしまう。

幸いなことに二人とも気にしていなかったが、アウグスト様の口元に微かな笑みが浮かび、悪寒が走る。



「そうか。お前が良い結果を出す事を楽しみにしている」

「必ず」



アウグスト様はそれだけ言うと、身を翻して部屋を出て行った。


思わず責めるような目でレオナを見ると、彼女は良い表情で笑ってくる。

私は息を吐き、諦めた。

お偉い方は得てして横暴なのだ。



しかし、まさか自分が城で第一王女付きの従者になろうとは。

元はと言えば貧民街の少年から衛兵を押し付けられ、逃げ回ったことでレオナと出会ったことが始まりと考えると感慨深い。

随分皮肉な話ではあるが、これも一種の巡り合わせというものなのだろう。




私はやれやれと目を瞑り、息を吐いた。


リヴィアが食べている粥は、


・粗挽きの小麦

・山羊乳

・水と塩


などで作れます。お好みで蜂蜜や乾燥果実(いちじく、レーズン等)を加えてもいいですね。

山羊乳の入手が難しそうではありますが、牛乳などで代用してもいいと思います。

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