3. 暴挙
目の前を楽し気に歩くレオナは、とてもではないが第一王女には見えない。
下級貴族の次男坊と言われた方がまだ納得できる。
貧民街では王家の噂など全く聞かなかったが、彼女の行動は街では有名なのだろうか。
「リヴィア、ちょっと裏道行くぞ」
「はい」
何処に連れていかれるのだろう、と思っていたが、曲がって曲がって人目のない道を歩く彼女に不安を覚える。
私は貧民街を出た事はほとんどなかったけれど、どうにもこの方向には進んではいけないような気がしてならない。
「あの、どこへ向かっておられるのですか?」
「城」
短い返事に、私は思わず空を仰ぐ。
呆れ、というか、やっぱりという気持ちが強い。
「あまりにも不審者な私をどうやって城に入れるつもりなのですか?」
「逆に、私がどうやって護衛もなしに貧民街に行けたと思う?」
城をこっそり抜けられるのなら、こっそり入るのも出来るという事なのだろう。
それにしても、やることがあまりにも大胆だと思う。
「今頃、城は大騒ぎでは?」
「いや、何度か抜け出してるからな。父上と侍女がどうにかしてくれているだろう」
常習犯かよこいつ。
そして憐れなお父様方。
「一体どうやって城を抜け出したんです?近衛兵もいるでしょうに」
「そこは、まぁ、いいじゃないか」
凄く分かりやすく誤魔化される。
私は、本当にこの人について行ってよいのかさらに不安になった。
そんな私の心を見抜いたのか、レオナは焦ったように言い訳してきた。
「後ですぐ分かるから。話したくない訳じゃないんだって」
「はぁ……」
どうして、彼女は私に対してそんなに対等に振る舞うのだろう。
第一王女ならば、貧民街の人間など娯楽で殺したとしても何のお咎めもない立場なのに。
私は訝しく思いつつも、今更引き返すわけにもいかず、レオナに続いてさらに角を曲がった。
城が近づくと、周囲の景色が少しずつ整然としてくる。
舗装された道、整えられた木々、少し先に見える高い石壁。
誰がどう見ても、立派な街であった。
「ここが……」
「ん?そうか、リヴィアは城見るの初めてか?」
頭だけこちらに向けて聞いてくるレオナに、私は静かに頷く。
まだ城の全体は全く見えていないが、街と同じく石造りで立派な建物だ。
最も、それなりに大きいこの国の象徴である城がみすぼらしいわけがないとも思うが。
未だにガタガタの道の方が多いのである。
そんなことを考えながら歩いていると、突然レオナの歩みが止まった。
私も急いで足を止めると、レオナの様子を窺う。
彼女は何かを確認するように人気のない辺りを見渡し、一つ頷いた。
この場所のすぐ横は城壁で、丁度木の茂みによって道から見えないようになっている。
それだけ見ればいかにも城に侵入しやすそうだと思うが、城壁の高さが尋常ではない。
大人十人分の身長を遥かに超す壁は、恐らく凄腕の暗殺者であっても登るのは困難だろう。
こんな所で、一体何をするつもりなのだろうか。
暫くして周囲を確認し終わったレオナが、今度は全身を私の方に向け、出会った時のように手を差し出してくる。
「……?」
私はその手の意味が分からず、レオナを見た。
何もできず突っ立っていると、彼女は焦れたように手を伸ばしてくる。
急に、ふわりと体が浮いた。
「え」
そう、いつの間にか私はレオナに横抱きにされていたのである。
あまりにもあっさりとお姫様抱っこされたことに、脳が追い付かない。
まるで麻袋を持ち上げるような気軽さに、私は思わず声を上げた。
「え、は!?」
「しーっ、静かに」
至って真剣な表情のレオナに、かえってこちらの方が混乱してしまう。
そんな私を完全に無視して、彼女がぼそりと呟いた。
「悲鳴、上げるなよ」
「はっ?」
状況が飲み込めず目を瞬かせながらレオナを見上げると、次の瞬間、目の前の景色が遠ざかった。
「え?」
慌てて下を見ると、明らかに先ほどよりも地面が遠ざかっている。
素早く周りに目を向け、私はようやく今の状況を理解した。
理解した、というより、理解せざるを得なかったと言った方が正しいかもしれない。
彼女は、私を抱きかかえたまま木の枝へ音もなく飛び乗ったのだ。
「———ッ!」
声を出すなと言われていなければ、今頃私は絶叫していただろう。
腕に触れる木の枝の感触がやけに生々しい。
レオナはまるで階段を上る様な気軽さで、ひょい、ひょいっと次々に高い枝へと昇って行く。
彼女が腕にグッと力を入れると同時に、私の心臓が縮んだ。
――あ、私、高い所無理だ。
体に浮遊感を感じ、盛大に喚きそうになるのを必死にこらえる暇もなく、私は意識を遠くに飛ばした。
城壁は、中~大規模の城で、日本人の成人男性約12人を縦に並べたくらいの高さがあったそうです。
作るときには数年がかりで、木材で巨大な足場を組んで作業したり、人力回転式クレーンを使用しました。




