2. 命名
少年、いや、レオナは、己が大きな爆弾を落としたことに気づいているのだろうか。
こちらに笑いかけてくるその顔は、あまりにも胡散臭い。
この人は、正気ではない。
最悪、不敬罪か何かで処罰されるような代物だ。
つくのなら、もっと現実的な嘘をついてほしいと思う。
そもそも、貧民街の子供相手に嘘をついて何が楽しいのか。
そんなことを思いながら軽く俯かせた顔を上げ―――悟った。
この人は、嘘なんてついていない。
確証なんて一つもない。
でも、その真っ直ぐな美しい紺の瞳が、そう言っていた。
「お前、名前は?」
レオナが、そういえばといった雰囲気で聞いてくる。
一瞬、言葉に詰まった。 言いたいことがあるはずなのに、出てこない。
空を切るかのような感覚の後、私は言葉を絞り出した。
「……私の名前――は、ないです」
レオナがきょとんと目を丸くする。
怒るでも、疑うでもなく、ただ不思議そうに。
あらま、と言わんばかりの表情に、場違いにも笑いそうになる。
「そうか。名前がないのも不便だよな」
レオナは少し考え込むように顎に手を当ててから、へらっと笑った。
「じゃあ、私がつけてやろうか? ……って言いたいところなんだけどさ」
レオナの視線が泳いだ。
沈黙が流れ、私の首筋を冷たい汗が伝う。
「私、名前つけるの苦手なんだよなぁ。この前も馬に“馬肉”ってつけたら、父上に本気で怒られちまって」
「えぇ……」
あまりのネーミングセンスのなさに、思わず私は声を漏らす。
どんな神経を持っていればそんな名前を付けようと思うのだろうか。
情けない顔のレオナをじぃっと見つめると、ますます彼女の顔は困ったものになっていく。
「いや、なんか美味しそうに見えたんだって。えー、あー、そうだな、うーんと」
レオナが、頭を抱えて本気で悩みだす。
腕を組んでみたり、頭を傾けたり、かなり真剣に考えているようだ。
ほとんど空になった容器みたいに、頭を傾ければ何か出てくるのだろうか。
私は戦々恐々としながら、彼女の口が開くのを待った。
「うー、んー?えっ、と。リ、ヴィア?」
なんとか思いついた、といった感じでレオナが呟く。
私は思わず、目を見開いた。
「リヴィア……」
「悪い、気に入らなかったか、そうだよな。えーと」
「いえ」
自分で思ったよりも強い口調になる。
えっ?とレオナが見てくるが、あまり気にならない。
鋭い眼差しが、今は驚いたように丸くなっているからだろうか。
「リヴィア……いい名前ですね」
「そ、そうか?」
「ええ。とても」
理由は特にないが、不思議としっくりくる名前だった。
何度か口の中で呟くと、それ以外の名前は考えられなくなってくる。
「今日から、私の名前はリヴィアです」
「そうか」
私が少し誇らしげに宣言すると、レオナは後頭部をガシガシとかきながら笑ってくる。
まったく、王女らしくない人だと思った。
「……で?」
「で?」
私が首を傾げながら問うと、レオナはほぇ?といった顔になる。
「貴方様が本当にこの国の第一王女殿下ならば、なぜこのような所で空腹により倒れているのですか?そして、私の様な貧民街の子供に名前を与えてくださるのですか?」
「あー……」
レオナは再び気まずそうな表情になり、きょろきょろと辺りを見渡す。
「取り敢えず、場所変えようか」
その言葉に、私も周りを見渡した。
すっかり活動を開始させた人々が、揃ってこちらを胡乱な表情で見ている。
よくよく見てみればレオナの外套は動きやすそうだけれど、それなりに高価そうなものに見えた。
だからか、彼女に物乞いをしようと迫ってきている人もいる。
確かに少し、話をするには不都合な場所かもしれない。
「了解しました」
「助かる。お前も、腹減ってるだろう?」
空腹など、常に感じている。
そんな本音を隠しつつ、私は無言で頷いた。
それを確認したレオナは、機嫌よさそうに歩きだす。
ついてこいという意思表示だと察し、私もその後ろからついていった。
――人生が変わる。 そんな予感と共に。
『カロー』はラテン語で肉を表す、最も一般的な単語らしいです。




