14. 本心
「リヴィア。城の生活には慣れたか?」
暖かな日差しが差し込む昼下がり。
メディクス殿下が退出し、書類の処理に戻ったレオナが、手元の紙を睨みつけたまま話しかけてきた。
「かなり、慣れてきたと思います。まだ分からないことは多いですが、皆さんが親切に教えてくださいますので」
私は唐突な質問に訝しく思いつつ正直に答える。
私の返事を聞いたレオナは、心なしかほっとした表情になった。
レオナは勿論、ユリアにフィデナ、近衛兵の方々に今日出会ったクスティナ。
私が貧民街で見てきた人達が極少数派であったのではないかと疑ってしまうほどに、全員が優しく、親身になって話を聞いてくれた。
その心地良さは、人間を信頼してしてもいいのではないかと錯覚してしまうほどだった。
「ユリア達からも話は聞いている。進んで知識を吸収し、教養を付けようとする姿が素晴らしいとな」
「……ありがたいことです」
姿勢や礼儀作法、従者としての心構えを伝授してくれるユリアや、文字や国の歴史を教えてくれるフィデナは、最早私にとって師匠のような存在だ。
そんな2人から褒められてると知って、嬉しく思わないわけがない。
レオナがこちらを見ていないと分かっていながらも、私は顔を逸らしてしまった。
「前にも言ったかもしれないが、ここで何か不快な出来事があったら言って欲しい。私に話しづらいことならユリア達にでもいい。理解しているとは思うが、この場所にはお前のことを目障りだと思っている奴も沢山いる」
「……承知いたしました」
紙の上の文字を目で追うレオナの顔には、憂いがある。
第一王女の側近という栄えある役目に貧民街の小娘が就くことを、面白く思わない者が多く居るのも当然だ。
もしかしたら、私が知らないところでレオナは何か言われているのかもしれない。
―——私の、せいで。
第一王女相手に直接文句を言う人間はいないだろうが、陰口くらい叩かれているのだろう。
どうして、こんな奴を従者にするのかと。
次期女王は人を見る目がないらしい、と
考え出すと、止まらなくなる。
私を貧民街から連れだしてくれたレオナに。
本心は分からないが、私と友人になりたいと言ってくれた彼女に。
自分でも驚くほど、私が心を開きかけているこの人に。
そんな非難を浴びせている者が居るのだとしたら。
そして、その状態にさせたのが他でもない私自身だとしたら。
私は私を、許せるだろうか。
「リヴィア!」
「———」
強い呼びかけに、引き戻される。
視界が揺れたかと思うと、目の前にレオナの真剣な表情があった。
鋭い視線には、こちらを心配するような光が宿っている。
「……すみません」
「ああ」
私の両肩から、彼女の手が離れていく。
いつから彼女は私に話しかけてくれていたのだろう。
私は申し訳なくなり、俯いた。
「……お前が何を考えていたかは知らない。だがもし、私を心配してくれていたのなら、ありがとうな」
「えっ?」
困ったように笑う彼女の表情は柔らかい。
まるで情けないところを見られてしまったと言わんばかりの彼女に、私は戸惑ってしまう。
「いや、私はどうも近しい人間に自分の感情を見せ過ぎてしまうんだ。そのせいで要らない心配を掛けてしまう」
右手で頭を掻くレオナは、心底申し訳なさそうだった。
そんな彼女に、私は自分でもよく分からない気持ちになる。
そして、ぐちゃぐちゃで碌に纏まっていない感情のまま口を開いた。
「いいんです」
「え?」
今度は、レオナが困惑する番だった。
適切な語彙が見つからないことに苛立ちつつ、私は苦しい言葉を絞り出す。
「きっと、人は、それでいいんです」
出てきたのは、そんなつまらない想いだった。
子供っぽくて、全然格好よくない私の本音。
それを聞いたレオナは、目を丸くする。
思ってもみなかったことを言われたと言わんばかりの彼女の顔から、その綺麗な藍色の瞳が零れ落ちそうだった。
そして次の瞬間、彼女は破顔した。
「そうか、そうだな。ありがとう」
くしゃりと笑うレオナに、私の方が恥ずかしくなる。
でも、彼女の表情は先ほどよりもずっと良いものになった。
それだけは確かだった。
「これからは、お前のことを頼りにしていいか?」
「……控えめでお願いします」
了解、と笑うレオナは清々しい。
豪快で繊細な彼女らしい、美しく鮮烈な微笑みだった。
レオナは女王になることがほぼ確定しているので、公務がたくさんあります。
文書・手紙の処理や領地管理、来客の対応や宮廷内の調整など盛りだくさんです。
特にレオナは任されている事がたくさんあるので、がっつり仕事人……。
大変ですね。




