9. 訓練
城の朝は早い。
侍女や従者は、大抵日が昇る前に起床し、一日が始まる準備をするのが普通だ。
そして、第一王女であるレオナの朝も早かった。
なにせ彼女は毎朝、騎士団の者達に混ざって訓練をしているのだから。
「どうじで、私、まで……」
我ながら酷い声を出しつつ、割と遠くを走るレオナに抗議する。
そう。
走っているのだ。
「いいではありませんか。そろそろ体力づくりも重要ですよ」
「そうは、申じましても……私は、殿下の公務のお供をするはずだったのでは……!?」
振り向くレオナの顔は、清々しい。
実に気持ちがいいと言わんばかりの笑顔に、少しイラァとする。
私は、今日は昼食の時間にレオナの弟であるメディクス殿下が訪ねてくること、彼から貧民街のことについて質問されるということしか聞いていない。
これは詐欺だと思った。
「砂袋担いで坂道を駆け上がるとか、丸太を持ちあげるとか、王女殿下がなさることではないのでは……!?」
騎士というのは、基礎体力が必要らしい。
だから重いものを持って動いたり、完全装備の状態で梯子を上ったりという地道な訓練を毎日する。
全員走り込みも真剣に行っており、まったく草の生えていない訓練場には砂埃が立ち込めていた。
でも、私が突っ込みたいのはその訓練内容ではない。
なぜそれを第一王女であるレオナがやるのか。
そして何故私まで付き合う羽目になっているのか。
そこであった。
「この国の王配且つ騎士団総長である父上も勧めているのですから、必要なことなのですよ」
「ぞんな、はずは……」
よそ行き用の敬語で話してくるレオナに、思わず顔を顰めてしまう。
ちなみに体力がない私は走り込みにしか参加していないが、レオナは他の騎士達と同じだけ運動をしている。
化け物であった。
「大丈夫ですか?従者殿……」
突然、横から声が掛けられる。
息も絶え絶えの状態でそちらを見ると、髪を上半を革紐で束ね、残りを背中に流している女性騎士が話し掛けてきていた。
「お初にお目にかかります、従者殿。クスティナ・クラルスと申します」
「ああ、クラルス侯爵家の……」
クラルス侯爵家は、代々優秀な騎士を輩出してきた名門である。
特に彼女、クスティナは、レオナの近衛騎士の第一候補とも言われている優秀な騎士だ。
そのことを、昨日の苦行の合間に聞かされた。
あまり女性騎士というのは多くないのだが、この国はとにかく実力主義だ。
第一騎士団騎士団長は女性であるし、強くあれば十分出世できる。
女王制のこの国では、性別に関係なくその有能さで地位が決まっていくのだ。
クスティナの場合、侯爵家を継ぐ予定の長男もいるので騎士になりやすかったのだろう。
それは国の上層部がどんどん変わり時代に囚われない政治が行えるとともに、気を抜けば由緒正しい公爵家の人間だろうと蹴落とされる可能性があるということだ。
それがこの国の利点であり、欠点でもある。
まあ、だからこそ貧民街の人間の意見を聞くために、私を王族の従者にするという暴挙が成功したわけだが。
「お初にお目にかかります、リヴィアと申します」
「リヴィア殿ですね。……あともう少しで半分ですので、それまでの辛抱ですよ」
「これでまだ、半分……」
私がこの世の終わりのような顔をしたためか、クスティナが苦笑した。
年は同じくらいに見えるが、大人びて見える彼女が私に合わせて走ってくれる。
完璧な女性騎士に見える彼女だったが、私はどうしても言いたいことがあった。
「あの、すみません……上の服、前後逆ではありませんか?」
「え!?」
今彼女が来ているのは、それなりに上質な麻で作られた長袖の簡素な服だ。
動きやすさを最優先してつくられたそれは、訓練にぴったりらしい。
しかし、どうにも反対向きに着ているようにしか見えなかった。
優しい笑顔が崩れ、一瞬で顔が紅色に染まった彼女が、走った状態のまま自分の服の前後ろを確認する。
彼女は自分が反対向きに着ていることが分かると、耳まで真っ赤になった。
がっくり、と顔を俯ける彼女は何だか可愛い。
天然なのかもしれない。
「ありがとうございます……。これが終わったら、着直しますね……」
「あははは……」
銅色の髪に、灰色の瞳を持つ彼女とはなかなか気が合いそうだ。
あまり貴族の人間とは思えない気さくさに、微笑んでしまう。
「走り込み、半分終了!」
そして、私はその声と同時に力尽き、地面に倒れ込んだ。
中世ヨーロッパには女性騎士はあまりいませんでした。
あと、騎士は結構、貴族が多かったらしいですね。
頭も良くなくてはいけなかったとか。




