プロローグ
いつからだろう。
私の中で、『卑怯』という言葉がとても大切になったのは。
私の、幼い頃の記憶は断片的だ。
正確に言うと、ほとんど覚えていない。
罅割れた写真のような思い出の中、その言葉だけは何故か覚えていた。
『私達は、卑怯だ』
誰が、いつ、どうして言ったものかは分からない。
父がいて、母がいて、他にも、大勢の人達がいた。
自分がどのような立場の人間だったかは覚えていない。
温かい想いと、冷たい決意。
それだけが僅かに、頭の中に残っているだけだ。
その時私の心の中に侵入した『卑怯』は、だんだん変化していった。
穏やかな川の中の石のように、ゆっくりゆっくり時間をかけて形が整えられていって、それはいつのまにか手放せないものになっていた。
宝石を失った指輪のように、何故か捨てられないもの。
何の役にも立たない気がするのに、時々ふと思い出しては取り出して眺めてしまうもの。
不完全なままで、完成している。
そういう認識が、心の底にあった。
鬱陶しいだとか、邪魔だとか思わないわけでもないのだが、何となく安心できるような気がして。
いつも存在は感じているけれど、特別意識もしない。
いうなれば、秋の日の風のような爽やかさすら持っていて、でも寂しさを滲ませるもの。
『卑怯』は着実に、私の中に住み着いていった。
人は、誰もが歪さを抱えているのだろうか。
その問いに、答える人はいない。
この問いに、答えられる人はいない。
何も分からないまま、彷徨い続けていた。
そして今、私は、灰色の世界を生きている。




