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1-6. Case:【天女】

#18 資料A-25 聴聞・原野治郎氏(平成八年八月十九日)


(原野さんは、加藤さんとはどのような?)


 加藤とは小学生の時に同じ塾に通ってて。学校は違ったんですけどね。同じアニメが好きだってところで意気投合した感じかな。それ以来の腐れ縁ってヤツです。社会人になってからもよくドライブに行きましたね、真夜中に。つるんでた他のダチらと一緒に。でも、急に付き合いが悪くなったんすよ、加藤は。トキコさんと暮らし始めて。


(加藤さんはトキコさんとどのように出会ったのでしょう)


 いや、それが全然わからないんすよ。ある日突然、って感じ。もちろん訊いたんですけどね、教えてくれなかった。なんか適当にお茶を濁すばかりで。


(加藤さんがトキコさんと同棲を始めたのが二十五の時、つまりは三年前ということになりますが、具体的な時期については覚えておられますか)


 ああ、そうですねぇ。(しばし無言)あれは秋口だったかな。奴と最後にドライブしたのが海だったんだけど、もう海水浴の時期は終わってたから。それから間もない頃だった。


(それ以前から加藤さんはトキコさんと付き合いをしていたのでしょうか)


 うーん、それについては他の奴らとも話したんだけど、誰もそこに気づいてなかった。そんな気配はなかったですね。いや、付き合ってたんなら絶対わかったと思うんすよ。他の奴らはともかく、俺には。だから、さっきも言ったように、突然奴は彼女を捕まえて同棲を始めたとしか思えないです、事前の付き合いとか抜きで。つうか彼女のほうが奴を捕まえたんだろうな。奴は奥手で、それまでも女と付き合ったことなんてなかったし、下ネタなんかも笑って聞いているだけのタイプでしたし。


(トキコさんはどんな人でしたか)


 すげえ美人ですよ、マジで。奥ゆかしい日本美人ってとこかな。


(原野さんはトキコさんと話されたことは?)


 ん、なくはないんだけど、ほんと二言三言ってとこ。加藤の奴、同棲を始めてから本当に付き合いが悪くて。てか、それもトキコさんの意向だったんだろうけど。完全に二人きりの世界に閉じこもっちまった感じすね。ま、こちらとしても、今はそういう時期なんだろうな、あたたかく見守ってやろうじゃないか、と。あんまりちょっかいは出さないでおいてやろう、という感じで。


(では二人の暮らしぶりがどんなものだったはご存知ないと)


 そうすね。……でも、いつだったか、なんだかすごく仲良さそうに買い物してるとこを誰かが目撃したって話は聞いたな。


(その後は加藤さんとはまったく連絡をとらなかったのですか)


 いや、そんなことはなくて……。何度が電話して誘ってみたりもしたんですが、ま、だいたいは煮え切らない返事が返ってくるんすよ。そいでウヤムヤになっちまう、と。彼女の都合を聞いてみないとわからない、だとかね。こちらとしても無理に誘うつもりはないから、そんなにしつこくは連絡しないし。じゃ、気が向いたらそっちから連絡くれよ、みたいな感じで。ま、奴のほうから連絡が来ることはなかったんですがね……。今となってみれば、一度くらい、無理矢理にでも引っ張りだしておくべきだったのかなあ……。ま、結果論ですけどね。


――――




 食傷気味の顔つきでページをめくっている播木は今、【天女】という識別子で呼ばれる個体の一連の調査報告に目を通している。その最も直近の事案として十数年ほど前に加藤浩輔(かとうこうすけ)という人物が、他の事案で報告されていた男性らと同じような経緯をたどった、と理解したところで彼は手を止めた。


 トキコと同棲を始めてから一年余りが過ぎた頃、加藤は交通事故で死亡していた。轢いたトラックの運転手の証言によると加藤は真夜中の幹線道路の真ん中をひとりでフラフラと亡霊のように歩いていたという。女性の行方は知れていない。


 他の男性らも似たり寄ったりの結末である。あるものは自殺、あるものは正気を失って病院行き、またあるものは行方不明。


 単に似たような事案を寄せ集めただけなのではないか――そう播木は思った。物事が類型的な成り行きを示すことはあるものだろう、と。それぞれの事案の発生時期が長いものでは十数年も離れているので、常識的に考えてそれら事案に語られている女性――いずれも二十歳前後とされる――が同一人物であろうはずがなかった。


 出現のたびに異なる名前で呼ばれているその人物の写真も数枚、参考資料として添付されていたが、どれもその姿がたまたま写り込んだという程度のものであり、顔つきがはっきりとわかるものではなかった。確かに美人であることが間違いないのは見て取れたが、同一人物と断言できるものでもない――。


 播木は椅子の背にもたれた。まだバインダの資料は半分も読み進められていなかった。普段はめったに出ることのないため息が、ふう、と彼の口から漏れた。それもこの数時間で幾度目かである。


 いったいなんだって山崎さんはオレを後任に選んだのか――。


 早くも彼はこの仕事を引き受けたことを後悔しているのだった。山崎が密かに抱えていた任務がまさかこのようなオカルトめいたものだとは思いもしなかった。確かに山崎の言う通り重要な事案であることは理解できた。だが何事にも適性というものがあろう、と。果たしてこの任務が自分に向いたものであるかと考えると、そこには疑問符しかなかった。


 ――むしろオレには最も適正のない分野だろ。


 自分がそんなことを思い巡らせてばかりでいることに彼はふと気づいた。そして考えを改めた。実際のところこれは適正の問題などではなく、なぜだか自分が気乗りしていないだけなのだ、と。確かに彼はオカルト的なものとは正反対の極めて合理的な思考をする人間であった。しかしそれすなわちこの任務への適性がないということにはならない。むしろ逆と言えるだろう。彼自身、そのようなことは心のどこかでわかってもいた。


 その一方で、自分がこの任務にどうにも気乗りがしない理由については、まったく心当たりがないのだった。


 だがなんにせよ、もはや断ることはできない――それゆえに彼のため息は繰り返されるのだ。

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