1-4. 死神
Xファイルかよ――。
山崎に渡された古びたバインダを自席に持ち帰り、その中身をチェックし始めた播木の感想がこれである。一見してわかったのは、そこに書かれている内容が常識では計り知れない不可思議な記録である、ということだった。
いくつかの調査報告を読み進め、先程の山崎との会話で自らが口にした『大宮市で少年が植物状態から回復』という事案について記すページを播木は眉に唾しながら目で追っている。
――――
昭和四十年八月二十日、大宮市××町の××病院にて彼らの一味と思しき少女、ならびに青年が出現す。
病院には小学五年生の男児、杉山良一が入院中であった。杉山は先んずる同年五月十八日、自宅近くの公園にて友人らと遊戯中に頭を打ち意識を喪失、病院に運ばれるも、植物状態となる。以後治療は継続されたものの医師は有効な手立てを見出すに至らず、点滴と人工呼吸器により生命を維持する状態となっていた。
経済上の理由から子の治療を断念した両親の申し出により、この八月二十日に病院では杉山の人工呼吸器を外す予定であった。杉山とその母親の二人のみが父親の来院を待つ病室に、杉山のクラスメイト、クスノキと名乗る少女が訪れ、病床の少年の頭に手を載せひとこと呼びかけると杉山は即座に意識を取り戻した。少女はすぐにその場から姿を消した。その後、杉山は順調に回復する。なお杉山の通う小学校にクスノキ姓の生徒は存在しない。
翌日に毎朝新聞の地域面に杉山の蘇生と少女についての記事が掲載された。本件を取り上げたのは毎朝一紙のみであった。取材の経緯は不明。記事には少女と一緒に二十歳ほどの青年が目撃されたとの記述があるが調査では裏付けが取れていない。ただし、その病院においては以前より『天使さん』と呼ばれる正体不明の青年が出入りしており、事件よりも少し以前に毎朝新聞の記者が『天使さん』について聞き込みに来ていたとの証言が看護婦より得られた。なお『天使さん』の名の由来は、入院患者が死亡するのと同日に限りその青年が院内にて頻繁に目撃されるためとのこと。一方、少女に関しては事件当日以外の目撃情報がない。
少女は身長一四〇センチメートル前後、痩せ型、背中までの長い黒髪。
青年は身長一七五~一八〇センチメートル、痩せ型、色白の細面、栗色の短髪。
(昭和五十二年四月十二日追記)外観の特徴および人の死に際に出現するという特性から、青年は【サイパン】である可能性が高い。少女は既存の識別情報に一致するものがないため、【薬師】という識別子を割り当てる(追調査時に杉山の母親が、少女が薬師如来の化身であると強く主張したことに依拠す)。
――――
その次のページには、「S40.8.21 毎朝 埼玉首都圏版」とのメモ書きとともに短い新聞の切り抜きが貼り付けられていた。
――――
植物状態の少年が意識取戻す 救済主は「クスノキ」さん?
二十日、大宮市の××病院で、三ヶ月程前の事故により植物状態となり回復の見込みがないとされていた杉山良一君(10)が突然、意識を取り戻すというハプニングがあった。母親が付き添っていた病室にクスノキと名乗る少女が訪れ、良一君に手をかざして呼びかけたところ急に意識が戻ったそうである。病院関係者によるとその後の良一君の容態は安定しており夕食のお粥をお代わりするほどだという。少女は黙って病室から去ったとのことだが、両親は是が非ともお礼がしたいということでその名乗り出を待っている。少女は良一くんと同年代で身長が一四〇センチくらい、痩せ型で長い黒髪。同じく痩せ型で背の高い二十歳くらいの青年と一緒に歩いていたところを目撃されている。心当たりのある方は弊紙までご一報されたし。
――――
その記事の内容がクスノキを名乗った少女についての情報提供を読者に求めているものであることに播木は注目した。それから、毎朝新聞の記者が事件に先立って病院に聞き込みに来ていたという調査報告書の記載も気になった。それはつまり、その記者も〝彼ら〟に関してなんらかの調査を行っていたことを意味するのではないか。四十年以上も前の話であるからその記者が今も存命かどうかは五分五分といったところであろうが、探し出して話を聞いてみるという選択肢もあるのではないか――そんなことを考えつつ、播木は資料の先頭に添付されていた〝彼ら〟の個体識別情報一覧のページを開いた。サイパンという識別子で呼ばれる個体の情報を再確認するためである。
そこには十四の個体識別情報が記載されていた。ここまで目を通してきた報告書と異なり、それはワープロで印刷されたものであるし、紙も新しい。最終の更新日付は昨年の十二月となっている。つまり直近では山崎が更新をしたということだろう。このシートはどこかのタイミングからか、代々の担当者によって更新がされ続けるようになったようだ。播木はふと思う――果たして自分もこの末尾に新たな情報を付け加えることになるのだろうか、と。
サイパンの名が記載された列を探し、その記載を目で追った。「太平洋戦争末期のサイパンにおいて当該個体の目撃情報が多数あることに識別子は由来する。人の生死にまつわる局面において出現するが大抵は死を後押しする形で出来事に関与する」
なるほど、『死神』か――。
更新履歴の最初の日付は「昭和五十二年四月十二日」であり、そこには田村という担当者名が記載されていた。おそらくはその頃から〝彼ら〟についての体系的な調査が行われるようになったのだろうと播木は推察した。報告資料の体裁から推し量るに、それまでは各々の事案が個別に調査されていたようだった。
播木の口からため息が漏れた。
これらの事案すべてがなんらかの事象の誤認の集積にすぎないことを証明していくのがむしろこれからの自分の仕事になるのかもしれん、などと考えたりもした。
彼は気を取り直し、報告書の続きを目で追い始めた。




