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4-6. 内覧会

 船の付近に停められていたパトカーの後部座席に播木は押し込まれた。


 そこで播木は、隣に座って尋問を開始しようとしていた警官に、彼の本来の身分証を提示した。


「私はセクション・ゼロの播木である。身元を照会せよ」


 たちまち警官は驚愕の顔つきとなり、「は、はっ、ただいま」と言って車から降りた。


 もう一人の警官は反対側に座っていたが、身を縮こませていた。出ていった警官の座っていたほうに播木が身をずらしても、あいかわらずその警官は身を小さくしたままだ。


「タバコ、吸ってもいいか」


 播木は警官に尋ねた。


「どっ、どうぞ」


 パトカーの窓を全開にし、播木はポケットからラッキーストライクを取り出した。窓枠から外に向けて一本を咥え、ライターで火をつけた。深く吸い、空に向けて煙を吐いた。


「太刀打ちができぬ、か……」


 マナのセリフを思い出していた。その言葉を受け入れることを潔しとできず独自に調査を進めようともがいた播木だったが、このとき彼は自分の行為がまったくの無駄であったと悟った。いや、船にひとり取り残された時点から、こうなるとわかっていた。それでも彼は自身を抑えることができなかったのだ。諦念が胸中に押し寄せた。やはり自分はただ成り行きを見届ける運命か――。


 窓の外に腕を出し、タバコの灰を落とした。再び咥えたそれから深く煙を吸い込んだ。


 先ほどの警官が指令車の車両から出てきて、まっすぐに播木の乗るパトカーに戻った。


 警官は車の脇に立ち、播木の座る後部座席のドアを開けた。


「身元を照会させていただきましたッ。どうぞお降りください」


 のろのろと体を動かし、播木は車から外に出た。そしてタバコを地面に落とし、踏みつけて消した。


 警官は播木に向けて敬礼した。


「任務遂行中とは知らず、大変なご無礼をッ」


 播木は軽く返礼をした。


「仕方ないさ、君たちも仕事をしただけだからな」


 それには反応せず、警官は腕を下ろして続けた。


「船内にお戻りになられるのであれば、本職がエスコートいたしますッ」


「いや、結構だ。私のことはあくまでも海事局の佐藤として扱ってもらいたい」


「ハッ、承知致しました」


 播木は警官に頷いてみせ、その場から歩み去った。




 再び播木が姿を現したのは受付が開始される予定の五分ほど前であったが、その時にはケータリングサービスの荷物を載せたコンテナが搬入口に長々と行列をなし、ひとつずつ警察によるチェックを受けていた。時間どおりに受付は始まりそうもないな、と彼は思った。


 その読みどおり、受付が開始されたのは十分以上も遅れてからだった。すでに多くの来客が入場を待っていた。播木はそれらの人々が捌けるのを見届けてから自らも受付を済ませた。


 甲板から入った広い会場は立食パーティー風にセットアップされていた。ウェルカムドリンクを受け取り、播木はステージから見て中央の最も後方に陣取った。ステージの両脇が巨大なスクリーンになっていて、夢雲のプロモーションビデオが流れていた。見るともなしに彼はそれを眺めた。いかにもだな、という感想しか出てこなかった。


 時間を追うごとに部屋には来客が増えていったが、播木の興味を惹くような姿はなかった。例の白人男性の姿もまだない。おそらくは時間ギリギリまでラウンジにいるものと思われた。なんにせよ、最も警戒すべき対象はそいつであろう。


「佐藤殿」


 いきなり後ろから声をかけられた。振り返らずともマナであることはわかった。いつのまに――と播木は思う。驚きよりももはや感心が先行した。


「君はいつもオレを驚かせる」


 播木はつぶやいた。


「すまぬな。そんなつもりはないのだが」


 そう返したあと、マナは続けた。


「頼みを聞いてくれぬか」


 それは播木にとって意外な言葉であったが、動揺はなかった。もはや彼は開き直っていた。マナに対してさえ普段どおりの彼の態度が戻っていた。


「なんだ。オレに出来ることなら考えてやろう」


「簡単なことぞ。そこの女子(おなご)が盆に載せて飲み物を配っておるだろ。そこからシャンパンのグラスをもろてくれぬか。ワシが頼んでも呉れぬでな」


「シャンパンだと? あれは子供が飲んでいいものではない」


「そう言うな。お主はワシが見た目どおりの歳でないことを知っておろう」


 む、オレがそれを知っていることは気付かれていたのか。しかし何故――播木は思うが、自分がその答えを持ち合わせていないことは考えるまでもなかった。


「この場でそれを知っておるのはお主だけぞ。小林は別じゃが。だからこうしてお主に頼んでおるのだ」


「……あの大野とかいうヤツはどうなんだ」


「あの男は何も知らん。というか、忘れておる」


「お前らが記憶を奪ったのか」


「人聞きの悪いことを言うな。そういう話ではない。人は生まれ落ちるときに前世の記憶を失うからの――お主にわかるよう説明すれば、であるが」


 たわけたことを、と思いつつ、近くに歩いてきたコンパニオンに播木はシャンパンを呉れと告げた。受け取ったグラスを目立たぬ所作でマナの前に置いた。


「かたじけない」


 マナはグラスに口をつけた。その様子が実に嬉しそうに播木の目には映った。


「そんなにそれが好きなのか」


「うむ」


「ほお」


 半分呆れたかのような播木の声であった。


「なかでも竹元が懇意にしておったホテルシェフの出すシャンパンは格別であったの」


「竹元……。竹元電器の会長か」


 そのとき、ハイアールサットの二人と通訳の女性が部屋に入ってくるのが播木の目に映った。彼はその動きを目で追った。播木らがいる場所とちょうど反対側に彼らは落ち着いた。


「こちらに来ぬよう念を送っておいた」とマナが言った。


「そんなことができるのか?」


「戯言を申したまでよ。真に受けるでない」


 なんだ、と播木は脱力した――まったくこいつには調子を狂わされる……。


 BGMの音量が一段と大きくなった。


 照明が暗転し、両側のスクリーンに色とりどりの流体がスピーディーにうごめく模様が映し出された。


 来客らはおしゃべりを止め、前方に注目した。


 BGMがひとしきりテンションを高めたあと、ピタリと止んだ。


 いかにもな男性の声の英語ナレーションがあり、続いた女性の声が告げる。


「みなさま、本日は株式会社夢雲の新造船、アーケイディア号の内覧会へようこそおいでくださいました」


 ファンファーレが流れ、視覚を刺激する映像が目まぐるしくスクリーンを覆った。再び男性の声。


「Ladies and gentlemen, please welcome the CEO of the Yumegumo Corporation, Shogo Kobayashi!」


 アナウンスとともにスポットライトが前方のステージに当てられた。その光の中にひとりの男性が足を踏み入れた。


 小林省吾だ。


 会場は静まり返った。


 スクリーンにカメラが捉えた小林の上半身がアップで映し出された。彼は会場をさっと眺め渡して、口を開いた。


「みなさん、本日はご多忙のなか、この場にお集まりいただきましたことに厚く御礼を申し上げます。みなさんは今日、この新しい船、アーケイディアの文字どおりの船出の目撃者となられるわけです。これまでこの世に存在しなかった、まったく新しいタイプの船です。私自身、興奮を抑えきれません――」


 小林が話し続けるあいだにも播木は会場内を詳細に観察していた。フロアを埋める多くの来客たち。着飾った女性らにフォーマルスーツの男性。取り立てて不審な姿はなかった。マスコミ取材陣も少なからず入っているが行儀良くしている。もちろん要所にはSPらしき人物が立っていた。まだ首相は会場内にはいない。バックステージで待機しているはずだ。事前の情報によれば首相がこの場にいるのは冒頭の三十分だけである。それでも一企業のプライベートなイベントに対しては破格に長い時間だと播木には思えた。それだけ国もこのプロジェクトに肩入れしているということだろう。


 後ろが控えているからか、小林のスピーチは短く終わった。再びBGMが流れ、そして、この国の総理大臣を紹介するナレーションが続いた。


 すべての国民にお馴染みであろう姿がスポットライトの中に現れた。播木にとっては最高指揮官でもあった人物である。かつて所属していた組織の式典でその姿を間近に見る機会も幾度かあった。


「ご紹介に預かりました、首相の稲垣(いながき)でございます――」


 ことさらに集中して播木は会場の様子を探った。多くの〝お仲間〟らも緊張を高めているのが彼には感じられた。


 会場内に小さくくしゃみの音が聞こえた。播木はそれがあの白人男性によるものと見てとった――ハイアールサット社のVP、ダニエル・ジョーンズ。先ほど播木は来賓リストであたりをつけたその人物の顔写真を新実に探してもらい、それがその人であることを確認済みだ。繰り返しているくしゃみは風邪でもひいているせいか、そういえばラウンジではアスピリンとホット・ブランデーを要求していたな、と播木は思い起こした。鳥肌が立つほどの禍々しさ、か……。


 ジョーンズはちょうど首相のすぐ前のあたりにいた。へたにティッシュなんかを取り出そうとポケットに手を入れたりすれば、その瞬間にSPに取り押さえられるだろう、と思いつつ播木はその姿を眺めていたが、そのような事態にはならなかった。


 首相はスピーチを終え、盛大な拍手がそれに続いた。


 次に経団連の会長が紹介され、その額の禿げ上がった人物が登壇した。


 ステージを降りた首相を播木は目で追った。会場の前方のほうでSPに囲まれているようであった。


 会場が明るくなった。スクリーンに再び映像が流れ始めた。


 見ると、マナは隣からいなくなっていた。注意を払っていたつもりの播木だが、驚きはしなかった。神出鬼没とはまさにこのことだな、と彼は思った。いくら神経を尖らせていたところでどうにもなるまい――と。


 続いてデモンストレーションが始まった。映像を交え、データセンターとしての船の先進的機能を紹介するものだった。熱心にそれを見る客もいたが、播木の観察するところ、大半の人々は歓談のほうに執心のようだった。


 デモの内容について播木は関心を持っていなかったが、それでもそれが現代の最先端のテクノロジーを凝縮したものであることがイメージとして伝わった。それなりのコストをかけて用意されたデモであったことは間違いなかった。


 この船自体、ものすごい資金と各方面のさまざまな思惑とが集中した結果としてここに存在しているのだ。


 マナが小林省吾の元にいるというだけで、こういったことが実現されていく――いったいそれはどういうことなのだろう。それが〝彼ら〟の言うところの『世界』の成り立ち、ということなのだろうか――。


 デモが終了すると首相は会場から退出した。多数のSPに囲まれてその姿が出口に向かうあいだ、来客らは拍手でそれを見送った。


 播木はその場を動かなかった。


 ――何も起きなかったではないか。


 疑問符だけが彼の頭に残った。


 それとも『世界』が「なんとか」した結果、危機は回避された、ということなのだろうか。マナに問いただしたいところであったが、再び播木が周囲を見回したところで、その姿が目に入ることはなかった。

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