表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/39

3-4. 【薬師】に関する中間報告書

【薬師】に関する中間報告書 (as of 2009-09-03)




 本報告書は、#4のみにてその存在が報告されていた個体である【薬師】について新たに判明した事項を現時点での調査結果に基づき取りまとめたものである。




 植物状態の少年の蘇生を報じた昭和40年8月21日付毎朝新聞記事についてこれまで不明とされていた取材の経緯が判明した。取材を行なったのは当時毎朝新聞文化部に所属していた小林義勝、後にノンフィクション作家として世に出、昭和60年のNAL37便墜落事故にて亡くなった人物その人である。彼は事案の現場となる××病院に勤務していた森脇景子(後の小林夫人)と交際していた関係でその病院に出入りしており、事案発生直後にたまたま現場に遭遇したものであるとの証言が得られた[補足資料A]。また小林はそれ以前より〝彼ら〟について独自の調査を進めていたことが彼自身の取材ノートより明らかとなっている[補足資料B]。


 小林と同期で毎朝新聞社会部記者であった斎藤渉の証言によると、事案発生から三日後の8月23日深夜、小林と斎藤および森脇の三名が旧大宮市内のアパートの空き部屋で倒れた状態で意識を取り戻した。三人はその時点で〝彼ら〟に関する記憶をすべて失っていたという。それにより小林の行っていた調査も中断された。なお、斎藤が推測したところによると、この出来事は以下のような成り行きによるものとされる(このことは後述の斎藤ら自身による二十二年後の調査によって判明した)。




・小林と斎藤は、毎朝新聞に掲載された記事の呼びかけによって読者から得られた情報に基づいて【薬師】を捜索


・捜索の一環として小林・斎藤・森脇の三名が問題のアパートを訪問。森脇が同行したのは彼女のみが【薬師】を目撃しており、面通しをするため


・その場で実際に〝彼ら〟と遭遇し、記憶を奪われた




 斎藤らが記憶を奪われたと主張するものは、彼の証言ならびに症状から推察するに強度の精神的ブロックによるものと考えられる。これにより小林は強迫観念によって調査から離れざるを得なくなった。この件については三人のうち唯一存命である斎藤に退行催眠による診療を受けるよう説得中である。記憶がいくばくかでも戻ることで〝彼ら〟に関する情報が得られる可能性が期待できる。


 小林の死から二年後、彼の唯一の子息である省吾が小林の残した資料を用いて追調査を実施した。これは小林が墜落前の迷走時のNAL37便機内にて書き残したメモ[補足資料C]に省吾が不審を抱いたことに端を発するものである。この調査には斎藤と毎朝新聞記者の木下慎司が協力した。木下はNAL37便墜落事故当時の取材を担当した記者である。


 調査により斎藤は以下のことが判明したと主張している。




・【薬師】はNAL37便に搭乗していた。事故で生還した五人の乗客のうち最初に救助された少女がそれである


・【薬師】が機に乗った目的は、死に瀕した乗客らの魂を救済するためだった


・事故後の【薬師】は竹元電器会長(当時)の竹元壮一郎の自宅に匿われた。【薬師】の素性について一切の報道がなされなかったのは竹元によるマスコミへの干渉による


・【薬師】と竹元壮一郎の関係は終戦直後にまで遡る。竹元の旧制中学での恩師である福田公子が戦中から戦後の数年にかけて【薬師】の世話をしており、竹元との仲介をする形となった


・昭和25年前後、福田の元に【薬師】の親戚と称する女性が訪れ【薬師】を引き取ったという。女性は「とうと」と名乗った


・事故当日、福田はNAL37便に搭乗の予定であったが、前日にそれまで音沙汰のなかった【薬師】が突然福田の元を訪れ、福田からチケットを譲り受けた。従って乗員乗客名簿に記載されていたのは福田の名である。福田は機に乗らず、事故からも免れた




 これらのうち特に注目すべきは【薬師】が終戦直後に竹元壮一郎と関係を持っていた点であろう。その時期に竹元電器が単なる町工場から大企業へと飛躍を遂げたことは周知の事実である。


 後年、小林省吾が株式会社夢雲を設立し、またたく間に国を代表するインターネット関連企業の座を手にしたことも一顧に値する事実であろう。現時点でなんら証拠は得られていないが、〝彼ら〟の存在抜きに、偶然にそれが当事案に関連する人物によって為される確率はきわめて低いと見做さざるを得ない。


 斎藤の証言によれば、毎朝新聞による就職活動者向け企画での対談[補足資料D]のために省吾と木下は竹元宅を訪問し、その際に【薬師】を目撃した。その後も【薬師】と省吾との接触が続いている可能性がゼロでは


――――




 そこまで報告書を書き進めていた播木は、頭に一撃を受けた如き衝撃を覚えた。何故に自分はその単純な事実に気づかなかったのだろう――あるいは自分もいつのまにかに何らかの精神的ブロックをかけられていたのかもしれん、などと思った。


 【薬師】だったんじゃないか、あの進水式で出会った奇妙な少女。たしかマナと名乗った――。


 まさか自分の目の前に唐突に出現した少女が〝彼ら〟のひとりであったりするはずがないという思い込みに囚われていた。あるいはまだ自分は〝彼ら〟の存在を否定したい思いがあったか――いや、確かに自分の理性は未だ彼らのような存在を受け入れているとは言えまい。ただ多数の証拠が事実であるならば一旦は彼らが存在すると仮定せざる得ないと考えているだけだ――。


 播木は電話機に手を伸ばし、諳んじている内線番号を押した。


「はい、資料室」


 聞き慣れた女性の声が応答した。


「播木だ。急ぎで出して欲しいものがある」


「なんなりと」


「NAL37便墜落事故の当時のニュース映像だ。最初に救助された少女が写っているものを全て」


 播木が話す間にもカタカタとキーボードを叩く音が受話器から聞こえていた。


「古いものなのでVHSの資料になります。お時間をいただければデジタルに変換してお渡しできますが、お急ぎであれば資料室で視聴いただけるよう準備します」


「今から行く」


「わかりました。ではご用意しておきます」


 受話器を置いて播木は立ちあがり、煙る部屋を大股で出た。資料室は三つほど上階にある。エレベータホールで三基の運行状況を一瞥した彼は、そのまま階段へ向かった。


 人気のない階段を駆けあがった。


 IDカードで扉を開錠し、資料室に入った。受付のカウンターに人影はなかった。その場に立ち止まった播木に奥から声がかかった。


「お早いお着きで」


 書庫の間から声の主が姿を現した。メガネをかけた若い女性、姓は新実(にいみ)だが組織内では生ける検索エンジン(ヒューマンインデクサ)の異名で知られている。検索システムで資料を探すよりも彼女に直接訊いたほうが早いというのがその由来だ。


 新実は播木に視聴コーナーに移動するよう促した。そこに四つ並ぶ半解放のブース状の座席のうち一番奥に彼は腰掛けた。後に続いた新実が机のうえに三本のVHSビデオテープを置いた。


「とりあえずそれから観てて。テレビで報道されたニュース映像。他のものは後から持ってく」


「サンクス」


 播木はVHSの一本を手にし、目の前のデッキに突っ込んだ。ヘッドセットを装着してリモコンのプレイボタンを押し、続けて早送りのボタンを押した。


 荒い画像が目の前のモニタを流れ出した。新実の言ったとおり、ニュース番組の録画だ。トップニュースの扱いだったためすぐに少女の救出の模様が映し出され、播木は通常再生に切り替えた。


 大勢の自衛隊員に囲まれ、瓦礫から救出される少女。なかなかその顔つきが映し出されるタイミングがなかった。それが造船所で出会った少女と同一の人物であることを否定するものもないが、断定もできなかった。救助シーンはすぐに終わり、播木は再び早送りボタンを押した。少しして画面は別のニュース番組に替わり、彼は再び通常再生に戻した。前のニュースとほぼ同様のシーンが繰り返された。巻き戻してそのシーンをもう一度見た。何かヒントになるものがないだろうか――。


「こっちのほうがいいかも」


 播木の背後から手が伸びて、卓上に二本のVHSテープが置かれた。


「NHKと民放でそれぞれ組まれた特番のやつ」


 新実の声が続いた。播木は「ありがとう」と言った。


 再生を停止し、テープをイジェクトさせた。新たに置かれた二本のテープのうち、上にあったほうと差し替えた。


 番組が始まった。播木は早送りボタンを押しかけて、その指を止めた。どうせならじっくりと観てみようかと考えた。どこかしらから何がしかのヒントが得られるかもしれないと思ったのだ。彼はこう考えを巡らしている。


 ――【薬師】は乗客らの魂を救済するために機に搭乗したのだと斎藤は言っていた。それが本当ならば彼女は機の辿る運命を事前に知っていたということだ。彼女自身はどうやって助かったのだろう。生還するすべを持っていて、そうできる確信があったということか。〝彼ら〟は歳を取らないというが、不死という意味ではあるまい。マナと名乗った少女は肉体的には普通の人間としか見えなかった。自分が命を落とす可能性もあったにもかかわらず飛行機に乗ったということなのだろうか。それとも超能力的な何かで自分の身を守ることができたとでもいうのか。ならばその能力で墜落そのものを防ぐことはできなかったのか。いや、それをする能力がなくとも、事故が起きることが事前にわかっていたのならその時点でなんらか手の打ちようもあったろうに。あるいは飛行機を墜落させることこそが〝彼ら〟の意図したことだったのか。だとしたら何故わざわざ救済のために同乗までする必要があったのか……まったく腑に落ちん。それとも〝彼ら〟は未来がわかっているのではなく、たまたま、何かが起きる現場に居合わせてしまうだけなのか。そして、たまたま、何かを為し、その場を去ると……。


 そもそも魂の救済とは何を意味するのか――。


 延々とビデオでは事故の経過を再現映像などを用いて説明していた。その間ずっと播木の頭のなかでは同じような思考がぐるぐると繰り返されていた。


 ようやく映像は少女の救出の場面となった。気を取り直して播木は画面に注視した。


 見るのが何度目かになる大勢の隊員が瓦礫に立ち向かう姿。数人の手により少女の体がその中から救い出され、それから、ひとりの隊員が彼女を抱き抱える形となった。そして隊員は山の斜面を降り始めた。それをカメラが追った。一瞬ではあったが、少女の顔が明瞭に映し出された。


 ああ、やはり――。


 予期していたことであるにもかかわらず、播木はそのことに衝撃を受けた。


 ――あの少女だ。マナ。間違いない。


 百パーセントの確信とまではいかなかったが、播木はもはや疑わなかった。


 それはすなわち、いよいよ彼自身も〝彼ら〟という存在を認めることを意味するのだ。彼の観ている映像は二十四年も前の出来事を撮影したものであり、そこに写る人物がマナであるとみなすことは、少女がそれだけのあいだにまったく歳をとっていないことを認めることに他ならなかった。


 播木は自らの世界認識が揺らぐのを感じた。彼は呆然となったままビデオを見続けた。


 流れる映像のほとんどは頭を素通りしていったが、やがて映し出された一人の男性の画像が彼を現実に引き戻した。小林義勝が生前に撮られたインタビューの模様だった。それは事故で亡くなった著名人の人物紹介的なものとして挿入されたもので、当然、墜落事故そのものとは関係のない内容だ。




 ――世界的な大流行、つまりパンデミックといわれるものは、いつなんどき起きても不思議ではないんですよ。いざそれが起きたとき、島国である日本は他の国とは少し事情が異なってくるわけです。だから国として求められる戦略にもユニークなものが求められるわけですよね。ボクはそういった意識を持って国を動かしていく人がひとりでも増えてほしいと思ってこの本を書いたんです――。




 例のスペイン風邪の本を出版した頃のものか、と思いつつ、播木はその映像を眺めていた。同時に、小林はこういう顔つきの人物であったのか、省吾は母親似なのだろうな、などとも考えていた。


 続いて場面は小林の葬儀となった。老いた元看護師が語った話を思い出し、播木は映像の中に省吾とその母親の姿を探した。じきに彼はそれを見つけたが、それはなんらの感慨をも彼のうちに引き起こすことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ