朝起きるとおじいさんになっていた
「はっ? しまった!」
激安スーパーの『特黒さんからあげ』が俺の大好物のおやつだ。
しかしあの店、現金払いのみというイマドキ珍しい営業形態。それを思い出し、財布の中に34円しかないことも思い出し、俺はまず手前にあるコンビニに自転車を急停止させた。
高校に秋休みがない代わりのシルバーウィーク、一緒に遊んでくれる友達のない俺は、自転車で町を走り回るぐらいしかやることはない。
でもまぁ、部屋に籠もってゲームばっかりしてるよりは健康的だと思って、スポーツ自転車に緑茶飲料のペットボトルをセットして、秋とは思えない暑さに汗をかきかき、さぁここらでおやつタイムにしようと思ったわけだ。
コンビニに入ると、目当てのATMの前に老人がいた。
ハゲちらかした白髪のジジィだ。ATMの操作に慣れてないのか、やたらとモタモタしている。
まぁ、さすがに数十秒待てば終わるだろうと思い、後ろに並んで待った。
なかなか終わらない。
画面のタッチのしかたすらわからないようで、指を宙でウロウロと動かしている。
教えてやろうかとも思ったが、何しろお金絡みのことだ、詐欺師の類いと勘違いされたりしたら面倒だと思い、我慢しながら待っていた。
……だめだ。
このままじゃ何時間待たされるかわからない。
俺がわざとらしく咳払いをすると、ジジィがはっと気づいた顔をして振り向いた。
「ああっ……。すみませんねぇ、年寄りにはどうにも操作が難しくて……。お先にどうぞ、どうぞ」
笑顔でそう言ってくれるが、ジジィのカードが中に入ったままだ。
俺は言った。
「カード取れや。中にまだ入ってんだろが。それ取ってくんねーと俺のカードが入れらんねーだろうが」
「ああっ……。ごめんなさいね! ……どうやって取れば?」
「そんなこともわかんねーのかよ。取消ボタン押せよ」
「ど、どこにボタンが……?」
「下のほう探してんじゃねーよ。画面だよ、画面! 画面をタッチしろよ」
するとジジィが画面のあっちこっちをゆるゆると指で押しはじめたので、俺は後ろから舌打ちしながら正解のボタンをタッチしてやった。
「すみませんねぇ……」
「そんなんいいから早くカード取れって」
しかしカードを抜き取る動きもすさまじく遅い。
俺と代わるためにその場から動く足もめっちゃめちゃ遅いので、遂にブチ切れた俺の口から定番の言葉が飛び出た。
「老害が!」
それを言われてもまだニコニコヘコヘコしているジジィにはもう構わず、俺は自分のカードを挿し込み、サッサと数秒ほどで千円を引き出した。
早くおやつのからあげ食いてーんだよ!
ジジィのせいでとんだ時間を食っちまった……。
次の朝、目覚めると、俺はおじいさんになっていた。
「……ほへ?」
部屋も俺のものではない。
洋間じゃなくて、和室だ。
ベッドでもなかった。畳の上に敷かれた臭い布団から身を起こそうとしたが、なかなか起き上がれない。身体が自分のものではないみたいだ。動くのがしんどい。
「おじいさん、起きなさったかね?」
開いた襖の向こうにおばあさんがいた。笑顔が優しそうだった。
腰が曲がっている。もう半分ぐらいあの世に足を突っ込んでるみたいな老婆だ。
「朝ごはん、できてますよ。一緒に食べましょう」
老婆にそう言われ、わけもわからず俺はヨロヨロと立ち上がると、ちゃぶ台へ向かった。
おからの和え物、ほうれん草、味噌汁、そして白ごはん──
若い俺の口には合わないものばっかりだったが、なぜかうまそうに見えた。逆に大好きなからあげを思い浮かべると、なぜだか胃が受け付けない気持ちになった。
「今朝はどうですか? 体調は?」
ばあさんがそう聞いてきたので、俺は正直に答えた。
「体じゅう痛い……。特に腰が……。ハツラツと動けない……。目もあんまり見えないな……」
「健康な証拠ですよ、自分の体調がそうやってわかるのは」
そう言って老婆は笑った。
朝メシはうまそうだと思うわりに、味がよくわからなかった。というより白メシが噛めない。なんだこれ……
「あらあら、おじいさん、入れ歯を忘れてますよ」
老婆がそう言って、コップの水に浸したキモいものを取ってきた。
家にいるとおばあさんに正体がバレそうでドキドキしたので、外へ散歩に出ることにした。
「お散歩ですか? ご用意しますね」
老婆がそう言って、動きにくそうな体でせっせと用意をしてくれた。
着替えさせてくれて、帽子もかぶせてくれて、靴を履かせてくれると、杖を持たせてくれる。
「では、行ってらっしゃい。くれぐれも気をつけてね? 道路を横断してはいけませんよ?」
外へ出ると、身体が重かった。
歩く速度もイライラするほどだ。
なぜおじいさんになってしまったかを考えるのもしんどかった。もしかしたら俺、ボケてて、自分のことを高校生のハツラツ男子だと思い込んでしまっていたのかな? とか思った。
しかし……暑い。
公園の木々が紅葉しているというのに、夏のような暑さだ。
ポケットをまさぐると財布が入っていた。頑張って口を開け、中を確かめると、ひぃ、ふぅ、みぃ……300円入っている。
これで何か冷たい飲み物を買おうと思っていると、ちょうど自分がスーパーマーケットの前にいることに気がついた。
中へ入り、物凄い苦労をして飲料水コーナーを探しあて、震える腕をなんとか動かして緑茶飲料を取り、ヨロヨロと歩いてレジへ持っていった。
セルフレジには列が出来ていた。
しかしたかがペットボトル一本買うのに有人レジはないだろうと思い、列に並んだ。
「おい! ジジィ!」
後ろから突然怒鳴られた。
「あそこ空いてるだろうが! 早く動けや! みんな並んでんだよ!」
カチンときた。
俺はその場を動かず、振り返ると、俺のことを怒鳴ったそいつの顔を睨みつけた。
クソデブという言葉がぴったり似合うようなオッサンだった。よくもそのブサイクなツラで俺を怒鳴りやがったな……!
俺は言った。
「目がよく見えねーんだよ! 体もうまく動かせねーんだ! 年寄りを気遣え!」
クソデブの顔が嫌悪に歪み、殴りかかってくる勢いで、こう言われた。
「老害が!」