4話 それでも僕は、君の隣にいたい。
春が終わり、季節はゆっくりと変わっていく。
退院してからの日々は静かだった。
結衣菜と一緒に勉強をして、笑って、時々泣いて
少しずつ世界に色が戻りはじめていた。
けれど、唯夏の声も、灰翔の影も、
まだ心の奥では消えていなかった。
「もう一度、ちゃんと向き合いたい」
そう思ったとき、ようやく気づいた。
僕はまだ、「誰かを信じること」が怖いままだった。
それでも――
結衣菜の笑顔を見ていると、少しだけ前を向ける気がした。
そろそろ唯夏と話した方がいいかもしれない。
―――
病院で検診に行き、その帰り道広場で見慣れた人物を見つけた。
「唯夏……」
口が勝手に動いてた。
「氷見くん……」
あの時と同じ会話。手が震える。
「話したいことがあるんだけど、時間空いてる? 」
「場所移そっか」
―――
とある「ス」から始まるカフェに足を運んだ。
髪が伸びた唯夏は、相変わらず隙がない。
鼻から漂う香水も、馴染みのある香りだった。
「あの……唯夏……その……」
言おうとしたとこで言葉が詰まる。
あの夜を思い出す。僕の顔は勝手に笑った。
「なに? 怖いんだけど、もうアンタに関係はないから関わらないでくれますか?」
唇が震えていた。
「……私を1人にしてのうのうと病室で寝てたんでしょ?」
その瞬間、唯夏の視線が揺れた気がした。けれど、すぐに背を向けた。
そして、1000円札を机に置き早々に店を出てった。
心の中のヒビが裂けた音がした。
―――
家に帰った。
参考書の山をみた。今日は到底手につけられなそうだ。
そのまま、ベッドに寝転んで目を閉じた。
今でも、唯夏の言葉が頭に残る。
ピンポーン
思考が現実に戻された。
「はぁ、誰だよ」
そう、独り言を言いながらインターホンを見た。
「結衣菜? 」
自分の脈拍が上がったことがわかった。
「あの、今日勉強したいんだけどいいかな? 」
「うん! 全然大丈夫。少し待ってて」
急いで部屋を片付けた。
「ごめん。待ったよね。」
「なんかすごいドタドタしてたけど大丈夫? 」
結衣菜がくすくすと笑った。
―――
僕たちは互いに試験勉強を始めた。
わからないところは、結衣菜に教わると大体できるようになる。
結衣菜には、感謝しきれない。
コーヒーが空になった瞬間に集中力が切れた。
気づけばもう6時だ。
「結衣菜、そろそろ帰ったら? もう6時だし。」
「え、もうそんな時間? 」
結衣菜は時計を確認し、寂しそうな目で言ってきた。
「ご飯作るから待ってて、
今日お家に誰もいないから外食になりそう。」
結衣菜の手料理は、食べてみたいけど……
「キッチン借りるね。」
そう考えてるうちに、そそくさと部屋を出てった。
欲に負けた。
ため息を吐きながら勉強に戻った。
「ご飯できたよー」
結衣菜の声が部屋に響く。
僕は階段を駆け降りた。
結衣菜が作ってくれたのはオムライス。
ふわとろな卵にデミグラスソースがかかっている。
家でこんなもん作れんの?
「食べよっか! 」
結衣菜はにっこり笑った。
「いただきます。」
スプーンで卵を突っつく。
口に入れた瞬間、じゅわっと卵がとろけた。
チキンライスもしっかりお肉が入ってて美味しい。
「うま……」
反射で口が動いてた。
「えっ! 本当? めっちゃ嬉しい。」
結衣菜は少し疑った顔をしてた。
「お世辞じゃなくて……本当に口が勝手に動くくらい美味しかった。」
結衣菜との食事が、人生で1番心が落ち着けた。
食べ終わり結衣菜と食休みをしていると……
「で、なんでそんなに元気がないの? 」
急な不意打ちでびっくりした。
結衣菜がそんなことまで見ててくれるなんて。
「いや……その、
唯夏が1番辛い時になんで隣にいないで病室で優雅に寝てんだよ。って言われちゃって……」
「確かにあの一件で唯夏ちゃんも大変だったと思うけど、茉央くんは灰翔に突き飛ばされて今まで寝てたんだよね? どうして茉央のせいにするんだろう……」
結衣菜は続けて言った。
「……やっぱり、おかしいよ。茉央は被害者なのに。
それでも茉央が自分を責めるなら、私が全部否定してあげる。」
結衣菜が久しぶりに真剣な顔をしていた。
―――
「送っていかなくて大丈夫? 」
「うん、大丈夫だよ。」
「じゃあね。気をつけてね。」
「うん! また明日ね! 」
結衣菜の後ろ姿を、見送って家に戻ろうとした時、
1人の男と目が合った。
春の風が冷たく変わり始めた夕暮れ。
見慣れた住宅街の角に、立つ影があった。
「……灰翔。」




