記憶の彼方-3
記憶の彼方-3
花が咲き、人々の気持ちが高揚し、全てが始まり、芽吹こうとする4月、
人々が春と呼び暖かくて、少し体が汗ばむこの季節に、僕は彼に出会った。
彼の名前は諸角 史登。
彼は僕と同学年だけれど、2年ダブっているという話を
周りの人間から聞いて知っていた。
そのせいか、僕より身長も10cm以上は高いであろうと思う。
いつも、見降ろされている感じがして、負けないように
がんばって、苦手な牛乳だって、飲む努力をしている。
普段から、彼の周りには人がいない。
友達はあまりいない感じで、いや、というより人を寄せ付けたくないという、
オーラが出ているみたいで、誰も彼に率先して近づこうと思っていないようだ。
(僕もそういう人間の一人だろう。)
僕はでも、少し身勝手な彼が、自分もそうなれたらと
理想化してるところもあった。
少し不揃いな前髪に、襟に引っかかる襟足の長さが、妙に大人ぽくて
僕たちと同学年といえど、年上の男というイメージを僕に植え付けて、
手に届く存在ではあるのだろうけれど、遠く遠く感じて、
二つ位の年の差なんて、普通は同学と同じ感覚なんだろうが、
別世界の人間のように思えてしまってならなかった。
彼は僕の同じクラスで、しかも隣の席で一番後ろの窓際に座っている。
僕の担任は席替えが好きみたいで、その理由として、
新鮮な気持ちを保つためとかなんとか、
クラスの皆と仲良くするためという理由らしく、
よく席替えをするが、諸角は絶対、
この一番後の窓際の位置をクラスの誰にも譲ることはなかった。
先生も彼に対しては強く言わなかった。
不公平だっていう声もあったが、この学校は所謂、お坊ちゃんの私立高ってやつで、
お金を出せば、誰でも入れるって言われている。
でも、殆どの生徒が代々代議士の家だったり、代々弁護士や医師・財閥系の家の子で、
入学者として在籍している。
彼の家は代々芸術家の家らしく、父親は日本を代表する画家らしく、母親は世界を飛び回る
ピアニストって話らしい。
彼の家の男子は皆っていうほど、この学校の卒業生で理事長と彼の祖父(祖父も画家らしい)とが、
とても懇意にしてる関係だとかで、一教師がどうこう言える立場ではないらしい。
だから、誰もが彼に触れず障らず、腫れものを扱うように、彼への対応は皆とても慎重だった。
でも、ダブっている理由は誰も知らないらしい。
そんな自由奔放になれたらいいのに。。。
僕はいつも、彼を見るたびに、自分の情けなさを、
惨めに思えて、本当は隣なんていたくなかった。
自分との差をまざまざと見せつけられているみたいで。
(いいな〜、我儘言えて。。。羨ましいよ・・)
チラッと横目で彼を見た。
僕の席は彼の隣だ。
なぜか知らないが、偶然だと思うけれど、
いつも、僕は彼の近くにいる。
彼の隣だったり、前だったり、斜め横だったり。。。
今回は彼の横だ。
ダブっているせいか?
彼は勉強も出来るようで、授業は寝てたり、どこかへ行っていたり、
まともに聞いてる姿を今まで見たことがない。
今は横でお健やかに寝ていらっしゃる。
(よだれ、出てるし・・・)
いい気なもんだなって思いながらも、
授業を聞いてるふりして、彼の横顔をじっと見てたりする、
僕も僕なんだけどね。
自由に振舞える彼の立場や家庭・存在が少し憧れていたりする。
なぜなら、僕の家くらいなんだ。
一代で成り上がった成金で入ってる子供は。
父と離婚してから、専業主婦だった母親が何の閃きか何か?わからないが、
思いつき半分でやった事業が、思った以上に反響を呼び、
あれやあれやという間に、東証一部上場企業の仲間入りになるほど急成長して、
今や、アメリカで日本のキャリアウーマンなるものに選ばれ、
時代の風雲児みたく持て囃されていたりする。
僕はどっちかっていうと、前の母の方が好きだった。
お菓子を作ってくれたり、友達が来ても一緒にご飯を食べてくれたり、
話を聞いてくれたりする母が凄く好きだった。
いつでも笑顔だった。
そんな母親をDVする父親とさっさと別れてくれたのは、
全くもって問題はないのだが、
こんな風になってしまうと、母でさえ遠い存在に感じてしまう。
自分だけの母親が、まるで機械のように見えて、僕の為に言ってる言葉さえ、
それは義務として言ってるのか?それとも録音された言葉を選んで言っているのか?
何が本当で、嘘なのか?分からなくなってしまう時が、多かった。
母は僕にさえ、ステータスなるものを押し付けてきた。
その結果がこの学校への入学だった。
「それなりの家の子は、それなりの教育を受けなきゃ。」
これが母の言葉だった。
ある意味ショックだった。
今までは何だったのか?
僕は恥ずかしい子だったのか?なんて思ったり。。。
これまで生活や友達は僕には意味がないのか?って考えたけれど、
有名になっていく母親、この学校に入学すると知った今までの友達が、
どんどん離れていく様を見て、友情だと感じていた気持ちは、
本当はなんだったのだろう?僕自身はどうだったのか?なんて考えてしまい、
僕の未来は、僕の将来は、僕の心の元は、一体どこにあるんだろうと・・・。
結局のところ、僕が大事だって思っていたものは、
儚く、単なる自分の妄想的な子供の甘い自己満足でしかなかったんだと
実感した。
代々引き継がれていく家柄の子息達、一代で成り上がった僕。
それなりの家の子には、形的にはなったんだろうけれど、
彼らの見る目はやはり冷たいものを感じた。
親友だって思っていた人間がある日、僕がこの学校へ入学すると、
聞いて、一気に次元が違う生物を見るかのような目で、
見るのと同じようで、彼らにとって、僕は毛色の変わった珍獣で、
珍しがられても、同胞とは見てくれない。
やはりどこか格が違う・別次元の人間なんだと、彼らの態度で思い知らされる。
(とりあえず、そこそこの成績とっておけばいいや。)
子供みたいな夢なんて、もう必要ない。
ここにはここで、順応していかないと生きていけないから。
これが大人になるってことなのかな?って、
少しセンチな思いを秘めながら、誰にも自分の本音を言う事はしないし、
作り笑顔が上手くなるよう、練習を事欠かさなかった。
(本音なんて、見せるだけ損だ。)
人間どうせ、変わっていくんだ。
僕が変わって行っても、誰も文句なんて言えないし、
おかしい事じゃない。
僕は環境にちゃんと順応できる、柔軟な考えができる人間なんだと
自分の事を理解しようとしていた。
(僕も寝たいな・・・)
少し机の上で、グースカ寝ている諸角をチラっと横目で見ても、、
そこまでの勇気はないから、外の冷たく心地いい風を頬に受けて、
少しくらい、キラキラ光り眩しいグラウンドをぼーっと見て、
春という短くも美しい季節を感じていても、
バチは当たらないだろうって思った。
だって、こんなに気持ち良く寝ている奴が隣にいるんだし、
そういう気持ちになる方が、本当なんだろうから、悪い事ではないんだから。
僕、授業を軽く無視している理由を彼に無理やりひっつけて
いるみたいだ。
(意外とまつ毛長いんだな。
骨格もなんだか僕とは全然違うし。
2歳も離れていると、体がこうも違うもんだろうか?)
自分のそれと見比べてみる。
余りの違いに、自信を無くしてしまう。
あれ?なんか変?
んでもって少し、熱い?顔が?
もしかして、顔が赤いの?
それに変な汗、出てるみたいかも。。
(いやいや!ないから、そんなの!)
僕はキュッと目を閉じた。
今は少し冷たい風が、早く自分の熱を冷ましてくれるのを、
祈るばかりだ。
当然!僕は違う事を考えてるよってオーラを出しまくってるはず。
僕は早く授業が終わるのを、心から祈った。
こんな俺にでも、1か月も経てば、少しは友人らしき人間が出来た。
それなりに学校は楽しくなってきた。
でも、やはり珍獣は珍獣だ。
心底、みんなに受け入れてもらえてるって
根っから喜ぶなんて、全然思えなかった。
(どうせ、こいつらも通り過ぎていく奴なんだ。。)
僕はそう思うようにした。
でも、誰と仲良くなったかって、一応母親には報告する。
それが母親への義務であったりするから。
そこからビジネスチャンスなるものが、出てきたりするそうだ。
僕にはさっぱり、分からない世界だ。
名前が増えるたびに、母親は嬉しそうにする。
これも親孝行なんだと思えば、悪くはない。
他の人間に比べては、小さい家かもしれないけれど
アパート住まいだった頃に比べれば、
雲泥の差の部屋数と立派な玄関に、広い庭。
一応、お手伝いさんなる数人もいたり、
母の秘書という人も2,3人はいる。
母は立派に一流企業の経営者の顔をしてるんだと思う。
母に反抗して生きていくほど、
僕は強くはないから。
それに学年やクラスの人間の名前を言うくらい、
どうってことない。
でも、家には入れない。
僕は誰にも優しいけれど、誰とも打ち解けないから。
これが僕の生き方なんだと思ったから。
「お前、椿って、名前?苗字?」
これが彼との初めての会話だった。
あれから1か月、僕はずっと諸角の隣に席を置いていた。
なぜか?席替え好きな先生が、あれから一カ月も席替えをすることなく、
あのまま、僕は彼の隣が定位置になっていた。
(誰かの親が告げ口したんじゃ?)
でも、今は学校の帰り。そしてここは通学路。
まであともう少しって距離だ。
(歩いてる生徒の方が少ないってか?)
いつもは迎えの車がくるけれど、今日は母の用事がつかなくて、
迎えの車は家の近くの駅までと聞いている。
そこまで僕は徒歩と電車で、向かうことになっていた。
意外な人間から話しかけられたものだから、
僕は、ドキっとするのと同時に、
第一声、反応出来なくて声が音にならなかった。
口はウガウガと動いてたかもしれない。
少し、変なやつって思われたかも。。。
何か言わなきゃって、思えば思うほど、焦ってきて
顔が赤くなって体が強張ってきた。
「聞いてんの?名前かどっちなんだって、俺言ってんだけど。
日本語通じんだろ?」
「つっ、椿は苗字で、椿理央。」
僕はそう、椿理央。
椿純子の一人息子で、母は株式会社Orijunの創業者で、
女社長でもある。
僕がとっさに言える言葉は、これが精一杯だ。
「ふ〜ん。」
僕が必死になって答えた言葉の割には諸角から返ってきた返事は、
余りにも拍子抜けだったが、
それ以上に恐ろしいのが、僕を上から下まで舐めるように僕を服越しで見通すか如く、
丹念に僕をチェックしている事だった。
(視線が突き刺さって、怖い。)
諸角に対して、感じた二度目の印象。
初めは楽そうでいいな〜って奴で。
二度目は突き刺さる視線に痛いとか、怖いというものだった。
見られているところがジンジンしてきて、熱くなってる気がする。
視線が下りてくるのもわかる。
初めは髪で、顔に移動、そして首を両サイド確認して、布越しに胸から腹、
腕から指先一本ずつ、それはそれは細かく僕はチェックされているようだった。
僕は彼からの視線が怖いから、顔を違う方へ背けて、
口をキュッと結んで、この時間をなんとか耐えようと必死だった。
(生物学的に何か、違うところがあるんだろうか?)
それとも僕がみんなに珍獣のように扱われているから?
まともに諸角の目を見る事が絶対に無理、出来ない!。
悪い事なんてしていないんだから、堂々としていたらいいのに。。。
でも、口だけじゃなく、目までグッと閉じて、
まるで、ライオンを目の前にした、ウサギ同然だ。
僕の考え方が間違ってるとか?
いや、話だって、今日が初めてだ。
ずっと隣だったけど、挨拶さえしたことない。
そんな話なんてしたことない。
顔がどんどん、風を引いた時のように赤くなる。
諸角の目線がどんどん、強い光線のように僕を突き刺していく。
それは刺となって、僕を突き刺し、動けなくしていく。
刺された僕の体の個所ごとには熱を帯びて、
熱くて熱くて、汗ばんでくるし、筋肉が固まったように、
動かなくて、彼にされるがままの状態だった。
こんな事、初めてで、木端恥ずかしさに、
早くどこかへ隠れたい気持ちでいっぱいだった。
でも僕は刺されている。
諸角がこの刺を取ってくれないと、動けない。
彼の視線はとても危険なんだって、
この時、初めてわかった。
(彼が寝ているのを見るのは、もう二度としない。)
寝ている姿をたまに見るのを怒っているのか?
それとも何か?言いたい事があるんだろうか?
僕のこの姿を見て、笑っていたいのだろうか?
小刻みに震えさえ出てきた。
そして、大きく脚がガクガクと震えだした。
やめたくてもやめられない。
彼の視線が有る限り。
僕はもう、この熱でやめてくれ!と叫びそうになった。
(おかしくなりそうだ!)
お、思い切って逃げよう!
冷や汗さえ出てくる、暑いくらいの時期なのに、
僕だけだろう。
こんな冷や汗かいて、ビクビクしてるのは。。。
何を考えているのか?さっぱりわからない。
ふ〜んの次は何?
(もう無理!)
僕は半泣き状態だった。
さっきまで煌々と太陽の光で眩しかった僕の目の前に、
突然、闇ができた。
眩しかった世界がいきなり暗くなり、涼しくさえ感じた。
(あれ?)
僕の気が、一瞬だが緩んだ。
半泣きで少し涙は出ていたけれど、
体の温度がすっと引いていく感じがあった。
そして後頭部に分厚い人肌の感触。
分厚ささえ感じる。
ごつごつとさえしたふぢジュぢ\\\\\\\は、自分のものとは全く正反対で
不覚にも男らしさを感じてしまった。
闇は広がり、僕の全身を被う範囲まで近づいてきた。
僕は何だ?と顔を上げた。
全く意味がわからなかった。
やっと動けた僕の顔。
そして僕のおでこに生温かい少し、固めの肌触りで
「お前、可愛いな。」
怖さで震えて眉間などは皺もいっていただろ個所に、
軽い口づけ。
(え?)
一気に体の力が抜けた。
僕はやっと諸角をまともに見る事が出来た。
(顔、近っ!)
諸角の目の中に僕を見つける事が出来た。
そんな距離で僕たちは見つめ合っていた。
(オデコにキス?)
男同士で?
?????
なんで?!
また混乱してきた。
本当に諸角の顔が、まともに見れない。
条件反射だったと思う。
僕は諸角から一歩飛び跳ねるように、
一歩退いた。
ガードとして、胸にカバンを抱いて。
「そんなにおびえんなって。
おでこにチュッくらいで(笑)
挨拶、挨拶!」
ハハァって笑いながら、僕が一歩身を引いたから、
僕の後頭部にあった、彼の手は行き場を無くしていたが、
そのついでだろう諸角はその手で手を振りながら。
またなって言いながら、僕の前から去っていった。
にやりと僕を馬鹿にするような目で、
僕を見降ろしながら、くるっと方向を変えて
歩いて行った諸角。
急に気分が悪くなった。
(可愛い?
おでこにチュッ?
しかも、男同士で?)
吐きそうだった。
あの笑い声。馬鹿にしてる?
悪気はないんだろうか?
さっぱり、彼の考えている事、思っている事が
分からなかった。
僕は本当に理解できなかった。
ここではこれが普通なのか?
諸角が立ち去ってくれたおかげか?
おでこにチュッのおかげか?
僕の緊張のピークは達して、
糸の切れた凧のように、
ヘネヘナと座りこんでしまった。
(なんだったんだ・・・)
何が起こったのか?
思い出したくもないが、
それでも、僕の目は彼の小さくなる最後まで、
彼をずっと見送っていた。