第八話 虚を夢む 其の漆
道を行き交う人々の話し声。
日差しのちょうどいい昼下がりの駅近には、学校帰りの学生が屯している。
椛本楓子は、コーヒーチェーン『ズダバ』の店内、最も奥の席で、不機嫌な顔を浮かべていた。
「なにが悲しくて、こんなとこ来なきゃいけないんだよ」
まだ手をつけていないラテの蓋を指で叩きながら、誰にも聞こえない声で呟く。
暇を持て余した楓子は、無意識に携帯を開く。液晶に示された時刻は二時十一分を回っていた。待ち合わせの四分前である。
「フー子ちゃんっ」
いつもより控えめな、明るい声が聞こえた。
楓子は顔を顰めた。渋々、声のした方を見やる。
「叶……に、津田さん……」
楓子の目の前には、制服姿の真子と、変わらず黄色い襟のシャツの叶がいた。
「ごめん、待たせちゃいました?」
真子が、申し訳無さそうに聞いてくる。
楓子は慌てて返す。
「や、全然待ってないっすよ」
「それ、待った人が言うセリフ」
折角入れたフォローに、叶がいらないことを言った。
真子は財布を取り出すと、笑って踵を返した。
「じゃ、私も注文してくるわね」
「あっ、私もまだ頼んでない!」
カウンターに向かう真子のあとに、焦ってついていく叶。
楓子は、頼むのは二人を待ってからの方が良かったな、と、小さな後悔をした。
*****
「美味し」
二人を待っている間、楓子は購入したラテを楽しんでいた。ネット記事で見たことはあったが、実際に飲んだのは初めてで、気分が高揚する。
残りのラテが半分を切りそうになった時、「お待たせ」と声が聞こえ、ドリンクを買って帰ってくる二人が見えた。
叶は楓子の向かいの席に座り、真子はその隣に腰掛けた。
「いいね、こういうの。なんか秘密の会談みたいで」
「そう言われればそうね」
叶の言葉に真子は頷いた。楓子も正直、『秘密の会談』という言葉に、厨二心を擽られていた。
「椛本さんもそう思うでしょう?」
「えっ? あっはい」
いきなり同意を求められ、困惑しながらも返事をした。一日にこんなに人と話したことなんてあっただろうか。いや、ない。確実にない。
その時、真子が人差し指を立て、明るい顔で話を始めた。
「伝え忘れてたんですが、二人をここに呼んだのには理由がありますの」
その言葉に、楓子と叶は首を傾げる。
「理由?」
すると真子は、白い肩掛け鞄から一枚の写真を取り出し、二人の方へ差し出した。
「これよ」
そこに写っていたのは……




