第八話 虚を夢む 其の漆
照りつける太陽、道を行き交う人々の話し声。
日差しのちょうどいい昼下がりの駅近。今時の若者であれば、こういう雰囲気が何よりワクワクするものなのだろう。
だが、椛本楓子は不機嫌な顔をしていた。ズダバの店内の最も奥の端の席に、楓子は座っていた。
「なにが悲しくて、陽キャとズダバなんて行かないといけないんだ…」
買い替えたばかりで履き慣れない靴の爪先をトントンと鳴らしながら、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
暇を持て余した楓子は、殆ど無意識的に携帯を開いた。液晶に示された時刻は二時十一分を回った。待ち合わせの四分前だ。
「フー子ちゃん!」
その時、いつもより控えめな明るい声が聞こえた。
楓子は若干顔を顰めた。
「叶……と津田さん……」
楓子の目の前には、いかにも「女子」といった服を身に纏った真子と、この前と同じ、黄色い襟のシャツにスカート、首に勾玉をかけた叶がいた。
「こんにちは椛本さん。その服可愛いですね! 似合ってるわよ!」
真子が楓子の服を褒めながら、楓子の隣に座った。叶は二人の向かいに座る。
ここは素直に喜んだ方がいいのだろうが、楓子は唸り声が漏れそうになった。
今楓子が着ている服は灰色を基調として白いラインが入った、部屋着用のジャージだ。お世辞にも可愛いとは言えない。
なんでこんなものを着ているかって? 綺麗な服を着ようとすると、自分との釣り合いのなさに絶望してしまうからだ。
「ね!フー子ちゃん、そういうの似合うよ。なんか芋っぽい?っていうか」
「は?」
そう言ってはにかむ叶を、楓子はキッと睨んだ。おい、今のは絶対悪意こもってるだろ。
「それにしても、椛本さん早いですね。先に注文までして席取っててくれてるとは……」
真子が、あからさまなオーバーリアクションで言った。
感謝されるのは悪い気はしないな、と楓子は不意に思ったが、自分がかなり上から目線なことを思っていることに気づき、言ってもいないのに恥ずかしくなった。
「ま、まあ…はい…」
楓子が小さく返事をすると、真子は花のような笑顔を浮かべた。
真子から滲み出る陽キャオーラに、楓子は「うっ…」と唸り声を上げた。
なにせ楓子は、こうやって友達と遊ぶことが初めてなのだ。
「あ、じゃあ、私たちも注文してくるね」
叶と真子が席を立ち、楓子の方に軽く手を振ってカウンターまで歩いて行った。