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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第七話 死蝋の貴方 其の壱



 白沢詩乃は、転入生の茨木叶のことがとても気になっていた。

 金髪に眼帯という特徴的な見た目はもちろんだが、何より驚いたのは、楓子と親密そうなことだ。

 もともと知り合いだったのだろうか。詩乃は楓子と幼馴染だが、茨木とは会ったことなど一度もなかったため、茨木について、詩乃には何もわからない。

 詩乃にとって、楓子のことで知らないことがあるというのは、少し不満だった。

 白沢詩乃は完璧な生徒だった。

 成績優秀で、女子バスケットボール部では二年生ながらに副部長を務めている。次期生徒会会長候補として名高い、まさに模範となる生徒だ。

 だが、そんな彼女に嫉妬の感情を持つ女子は少なくなかった。

 小学生の頃は、詩乃をよく思っていない生徒…特に笹本とその取り巻きの女子達からの嫌がらせを受けるなんていうのは日常茶飯事だった。

 だからこそ、楓子のことが心配なのだ。

 靴箱には甲虫の死体を入れられ、教室に入るといつも教科書がなくなっていた。詩乃はそういった嫌がらせに、特に何を思うこともなかった。一心に、楓子が心配だった。

 今日はいつも通り、図書室に本を借りに行ったあとで廊下を歩いていた。

 不意に、昇降口で楓子と凛、そして凛の取り巻きの女子達が話しているのが見えた。それだけじゃない。今日転入してきた生徒、茨木も、楓子の隣にいる。

 詩乃は嫌な予感がした。

 詩乃は周りにバレないように身を屈め、階段の前にあるホワイトボードに隠れた。

 遠くて何と言っているのかはわからなかったが、なにやら穏やかな話ではなさそうな雰囲気だ。

 詩乃の胸の内に不安が募ってきた時、突然凛が目を見開いたのがわかった。

 その表情を見て、詩乃は恐れていた事態を想定した。

「死ね! アバズレが!」

 凛が弾かれたように腕を振り上げた。あの腕の振り方。考えるまでもない。凛が他の生徒を殴る時の腕の振り上げ方だ。

「あ…やば……!!」

 詩乃は咄嗟に身を乗り出したが、間に合わない。楓子が殴られる……!

 ……しかし、凛の拳は楓子の眼前で止まっていた。

 茨木が、凛の右拳を受け止めたのだ。

 一瞬、詩乃はほっとしてしまったが、これで終わりじゃなかった。凛は、自分の拳を受け止められたことへの屈辱感からか、肩を小刻みに震わせていた。

 周りにいる取り巻き達が、何か怒鳴っている。

 その時突如、凛が茨木に殴りかかった。

「まずい……」

 詩乃が止めに入ろうと、楓子達の方に駆け出した。

 だが、その必要はなかった。

 凛の体は、空気に固定されたかのように動かなくなってしまったのだ。

「え…」

 詩乃の口から、ふと声が漏れた。

「チッ…! なにしやがった!」

 凛が暴れようともがくが、その体が自由になることはなかった。

 詩乃は驚愕した顔を浮かべたまま、廊下の床に膝をついていた。

 凛の怒鳴り声に驚いたわけではない。

 凛は気づいていない様子だったが、詩乃には見えてしまった。

 凛が茨木に殴りかかろうとした時、茨木の影から、黄金色の幽霊のような怪物が踊り出し、巨大な四肢のようなもので、凛と取り巻き達の体を押さえつけてしまったのだ。

 詩乃はその怪物の放つ異質で圧倒的な存在感に、恐怖を感じていた。

 玄関から鬱陶しい日差しが迷い込んでくる。しかし、今この瞬間だけは、心地の悪い寒さが、昇降口を満たしていた。

「凛ちゃん? だっけ。君、次にフー子ちゃんに手出したら、今度はこれじゃ済まないからね」

 茨木の、冷たく透明な殺意の籠った声。十メートルほど離れたところにある詩乃にも、その声ははっきりと聞こえた。

 怪物による拘束を解かれ、体が自由になった凛と取り巻き達は、畏怖の表情を浮かべたまま、不器用に足を動かして逃げ出した。

 その後、楓子と茨木は詩乃に気づかないまま去ってしまったが、詩乃はしばらく、呆気に取られた表情のまま下駄箱の方を眺めていた。



*****



 下校時刻五分前を伝える鐘が鳴り、詩乃の意識は現実に引き戻された。

 脳内はかき混ぜられたように混乱しているが、先刻目にした光景は、くっきりと脳内に焼き付いている。

 詩乃の頭の中は、己の眼で見た化物の姿でいっぱいだった。

 下駄箱に座り込む詩乃に、担任の樫木が駆けつけてきた。

「おぉい白沢、何かあったのか?」

 樫木に呼びかけられ、詩乃は顔を向けないまま、小さく言った。

「………樫木先生、お化けっていると思いますか?」

「…オバケ? なんだよ藪から棒に…」

 樫木は一瞬意表をつかれたような表情をしたが、眉間に皺を寄せ、顎に手を添えて考えるそぶりをした。

「…まあ、いるかもしれないな。でもどうした? 白沢がそんなことを聞いてくるなんて…」

 詩乃は一瞬固まったあと、黒のシューズを履き始めた。

「……いや、すみません。ただの出来心です」

 樫木は戸惑いを見せたが、すぐに元の厳格な表情に戻り、「そうか」と言って、職員階段までの廊下を歩き去った。

 詩乃はじんわりと汗をかいた手で目を擦り、無理矢理に凛とした表情を作った。

 きっと疲れているんだ。そう、お化けなんていない。いないはずだ。

「あほらし。今日は早めに寝よう…」

 詩乃はとっとと忘れてしまおうと決心し、昇降口を出た。

 なるべく考えないようにしていたが、詩乃の脳裏には、先程の光景が鮮明に焼きついていた。



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