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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第七話 虚を夢む 其の陸



 道を行き交う人々の話し声。

 日差しのちょうどいい昼下がりの駅近には、学校帰りの学生が屯している。

 椛本楓子は、コーヒーチェーン『ズダバ』の店内、最も奥の席で、不機嫌な顔を浮かべていた。

 なにが悲しくてこんな場所まで来なきゃならないんだと、抑えきれない不満が顔に出ていた。

 まだ手をつけていないラテの蓋を指で叩きながら、楓子は唇を尖らせた。

 暇を持て余して、無意識に携帯を開く。液晶に示された時刻は二時十一分を回っていた。待ち合わせの四分前である。

「フー子ちゃんっ」

 そのとき、いつもより控えめな、明るい声が聞こえた。

 楓子は顔を顰めた。渋々、声のした方を見やる。

「叶……に、津田さん……」

 目の前には、制服姿の津田と、変わらず黄色い襟のシャツを着た叶がいた。

「ごめん、待たせちゃった?」

 津田が申し訳無さそうに聞いてくるのに、楓子は慌てて返す。

「や、全然待ってないっす」

「それ、待った人が言うセリフ」

 折角入れたフォローに、叶がいらないことを言った。今朝から思っていたことだが、叶は楓子をいじって楽しんでいる節がある気がする。どこかで釘を刺さないといけないかもしれない。

 津田は財布を取り出すと、笑って踵を返した。

「私、注文してくるね」

「あっ、私もまだ頼んでない!」

 カウンターに向かう津田のあとに、焦ってついていく叶。

 頼むのは二人を待ってからの方が良かったな、と、楓子は小さな後悔をした。



*****



 二人を待っている間、楓子は購入したラテを楽しんでいた。ネット記事で見たことはあったが、実際に飲んだのは初めてで、気分が高揚する。

 残りのラテが半分を切りそうになった時、おまたせ、と声が聞こえ、ドリンクを買って帰ってくる二人が見えた。

 叶は楓子の向かいの席に座り、津田はその隣に腰掛けた。

「いいね、こういうの。なんか秘密の会談みたいで」

「そう言われればそうね」

 叶の言葉に津田が頷く。

「伝え忘れてたのだけど、二人をここに呼んだのには理由があるの」

 不意に言われたそんな言葉に、楓子は首を傾げる。

「理由?」

「これよ」

 津田は、白い肩掛け鞄から一枚の写真を取り出し、二人の方へ差し出した。

 そこに写っていたのは……

「分かりにくくてごめんなさいね」津田が薄ら笑む。

 夜の人気のない山道と、メーターのようなものが、その写真に写っていた。

 懐中電灯で照らされてはいるが、それにしても暗く、頼りない。なんとなく、背の高い草が生い茂っていることだけは見て取れた。

「ひっ」

「なにこれ。肝試しの写真?」

 悲鳴をあげる楓子と対照的に、叶は興味深そうに顔を覗かせる。

「これは緑山峠で撮った写真よ」津田は頷く。「撮影してる子が持っているのは、磁気を測定する機械」

 一種の幽霊探知機のようなものね、と続けた。

「メーター、振り切ってるじゃんか」

 叶の言う通り、測定器とやらのメーターは最大値を示していた。楓子は背筋が冷えた。

「実はここ数年、この峠での行方不明者が後を絶たないのよ。この写真は私と弟、もう二人の友人を交えて調査に行った時のものでね。何が起きたと思う?」

 津田はニヤリと口角をあげた。そして一言。「聞きたい?」

「結構です」楓子は即答した。

 しかし。

「聞きたい!聞かせて!」

 叶に言葉を妨げられてしまう。楓子は奥歯をぎりっと噛み締めた。

 津田は分かり切ったような笑みで話をつづけた。

「実は撮影者の友人は、峠に行った七月十一日から体調が悪化して、自宅療養中。でも、弟ともう一人の友人は無事だから……」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 自分でも驚くほど大きな声が出た。

「まさか、そこに行くために私たちを誘ったってこと?!」

「敬語じゃなくていいわ」

 津田ははぐらかすように答えた。

 つまるところ、津田達は楓子と叶を交えて「怪異探し」に興じようというわけらしい。

「も、もう無理、私、帰る……」

 楓子は立ち上がり、席を去ろうとした。

「ええ、フー子ちゃんビビってるのぉ?」

 背後から、叶の軽い挑発が聞こえたが、お構いなしに足を進める。

 だが次の瞬間、津田の口から、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「この写真を見せた友人は、みんな一人になった時に金縛りにあったって言ってるのよね。行方不明になった人もいるわ。幽霊の呪いかしら、不思議ねぇ……」

「え」

 何秒か、動きが止まった。動けなかった。

「その、行方不明というのは……?」

「あら、聞いてないの? 一週間前に突然失踪した武下さんの話。家出だって言われて捜索中だけど、わたし、実はあの人だけに、この写真を見せてたのよ」

 楓子は絶句する。

「それと、同じ日に他校でも男子生徒の行方不明者がいるとか」

 楓子も行方不明者のことは知っていた。武下信子。同じクラスの女子だ。

 それに、風の噂で聞いたことがある。数年前にもこの学校で、何人もの行方不明者が出たとか……

「彼女を探すためにも、もう一度峠に入ろうという話なの。安心してね、私もあれからお腹下してるから」

 何が安心できるのだろうか。

 危惧していたのとは別方向のトラブルに見舞われて、とても平常心ではいられない。

 しかし楓子に構うことなく、津田は話を続ける。

「今ね、弟と友人を呼んでるの」

 その言葉を聞いて、楓子は心臓がきゅっと締まったような気がした。

「えっ、会いたい! わくわくする!」

 興奮する叶の声を遠くに、楓子は勢いよく顔を上げた。

 それは話が違うじゃないか、と言いたかった。しかし、津田はそんなこと知るわけもなく、言う。

「ちょっと待っててね」

 ご満悦な様子の叶と絶望している楓子を残し、彼女は席を立った。そのまま、二人のいる席とは反対方向の席に向かっていった。

「初対面の人と……そんなの……」

 手が小刻みに震える。

 急な話がすぎて対応できなかった。

「ふふっ、人が消えちゃうなんて、絶対タダゴトじゃないよっ。私たちで見つけてあげないと!」

 元気にはしゃぐ叶を横目に、楓子はつぶやく。

「カゲロウの仕業とかじゃないの。叶はそういうこと、詳しいそうだけど……」

 言うと、叶もなんと言っていいかわからないような表情をした。

「でも、今までに、カゲロウが人を襲うなんて話、ほとんど聞いたことないんだよね」

 ええ、と楓子は声を漏らす。分からないのであれば、他に誰を頼るというのだ。

「どのみち、カゲロウの仕業なら、犯人のカゲロウをぶん殴ってやんないとね。悪い子にはお仕置きしないと」

 叶はそう言って、にっこりと拳を振り上げた。

 初対面の時は想像もしていなかったが、彼女はこうしてみると、底抜けに明るいタイプなのだろう。

「楽観的でいいね、叶は」

「照れる」

「褒めてねえ……」

 やがて、津田が戻ってきた。

「ごめん、おまたせ」

 その後ろには、一人の青年と、童顔の男の子が続いていた。

『初対面の異性』という慣れない存在を前に、楓子は早速心が竦んだ。

「紹介するわね。まずこっちの大きいのが……」

「村瀬って云う。よろしく」

 青年は端的に告げた。落ち着いた声に質の良い黒髪も相まって、いかにも好青年といった出立ちである。

 村瀬次郎。楓子と同じクラスの男子だ。

 勉学はそこそこらしいが、スポーツはいわゆる万能型というやつだ。陸上部のエースと呼ばれている。

 それこそ、オカルトなんて似合わない人だのに。

 彼がこの場にいることは、楓子からしてみれば意外だった。

「あ、眼帯と金髪! 不良だ!」

 突然、村瀬の隣にいた少年……津田の(らしい)が叶を指差し、嬉々とした表情で大声をあげた。年齢は楓子より二つか三つほど下だろうか。

「ちょっ、こら国尚(くにひさ)……」

「不良ってわたし?!」

 津田の弟は国尚というらしい。津田は国尚を静かにさせようとしたが、叶がその声を遮り、焦燥と羞恥を混ぜたような声を発した。

「ふ、不良だなんて……」

 その顔は、普段無神経な叶とは思えないほど赤くなっていく。

 不良と一括にされて怒ってるのだろうか。

「えへへ、照れる」

 違ったようだ。

「キモ……」

 楓子はひきつった顔で叶を見た。こんな性格だと、初めは思ってもみなかった。

「ねえ僕、もう一回『不良』って呼んでよう」

 愉悦に浸った顔でそう口走る叶を見て、国尚は引いたようだった。

「なに、お前、きもちわる」

「辛辣なのもいいねえ」

 叶はそう言ってくねくねと体を動かした。こいつは無敵なのか、と楓子は思った。

「この五人で行くんか?」

 不意に、村瀬が口を開いた。津田は楽しそうな顔で答える。

「そいうことになるわ。今から楽しみね」

 楓子はそこで、あらためて肩を落とした。もはや逃れられる空気ではない。自分以外は皆、嬉々として峠調査を待ち侘びている。

 楓子を見かねてか、叶が呼びかけてきた。

「まあさ、行ったら多分楽しいと思うよ! 楽しもうよ、夏休みなんだし!」

「んなことっ……!」

 楓子は反論しようと背を伸ばしたが、ぶつける言葉が思いつかず、結局ため息一つが出ただけだった。

「椛本さんもやる気になってくれた?」

「いや、そういうつもりじゃ……」

「お姉ちゃんビビリ?」

「黙って」

 からかってくる国尚を制した。

 だが、楓子はほんの少しだけ、こうしているのも悪くないと思った。友達と出かけること自体が少なかったのだ。急に人数は増えたものの、これも挑戦というやつかもしれない。

 本当に少しだけ、悪くないような気がした。



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