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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第六話 虚を夢む 其の陸



「なんでお前がこの学校にいるんだよ……」

 人のいない渡り廊下に、楓子の声が響いた。

「いやぁ、私家業で引っ越してきてさぁ。ここの学校に通うことになったんだよねぇ!」

 叶は元気な声で言う。その顔は邪気のない、タチの悪い笑顔だ。

「そんな急に……」

「おい」

 その時、楓子の背後から、低い声が聞こえた。

 頭が痛くなった。

 最悪の気分である。

 楓子は渋りながらも、諦めて振り返る。

「……リン」

「軽々しく呼ぶな、アバズレ」

 クラスメイトの一人、夏野凛の姿がそこにはあった。

「友達?」と聞いてくる叶を無視して、楓子は一歩前に出る。

 凛は楓子の顔を睨んでいたが、不意に視線を叶に移す。

 楓子は言い返そうとした。しかし、それよりも早く、凛の、馬鹿にするような笑いが響いた。

「転入生」

 凛が、一言。

 楓子は初め、それが叶に向けられた言葉であるとは気づかなかった。

「私?」

 きょとんと、疑問符を浮かべる叶。

 凛は、面白がるような、嘲るような調子で言う。

「こんなのと関わって楽しい? こいつの友達になろうってんなら、やめといた方がいいよ」

 叶は一瞬硬い表情をしたが、すぐに笑った。

 その笑みは、楓子に向けられている。

「フー子ちゃんもしかして……」

 叶の、いやらしく、気持ちの悪い笑み。

 楓子は大体何を言われるのか想像がついて、ため息が出た。

「嫌われてる?」

「うるせえ」

 分かっているのだ、そんなこと。

 短い言葉で一蹴した。

 しかし、叶はその反応を面白がってか、にんまりと、さらに濃く性悪な笑顔を作った。

「ついでに友達はいない感じ?」

「ぶっ飛ばすぞお前」今度は抑えていた怒気が漏れた。「友達くらいいるわ」

 しかし、途端に。

 凛が、猛獣のように目を見開いた。

「……詩乃? 詩乃がお前如きと友達? ふざけんなよ」

 凛はそう言って、楓子に向けて拳を作る。楓子は困惑で「は?」と声が出そうだったが、後からその意味を理解して、納得した。

 凛は、楓子が詩乃を『友達』として数えたことが気に入らないのだ。

 本当に面倒臭いな。

「ちょ、通し……」

 楓子は彼女を無視して廊下を抜けようとした。しかし、瞬間に。

 凛は楓子の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

 楓子は咄嗟に身構える……が。

 凛の拳が震えている。

 直感で理解した。楓子はこれから殴られるのだ。今まで、凛に暴言を言われたり、睨まれたりしたことはあったが、手を出されたことはなかったのに。

 しかし、あの一言が逆鱗に触れてしまったようだ。

「死ね、アバズレ!」

「ちょ、待っ」

 楓子の言葉など待ってくれるはずもなく、凛の拳が振り上げられた。

 が、その拳が楓子を捉えることはなかった。

「あ?」

 凛は叶の方を睨んだ。

 叶が、楓子を殴ろうとした凛の腕を抑えたのだ。

「……叶?」

「急に殴るなんて酷いよ! フー子ちゃんの眠そうな冴えないお顔に傷でもついたらどうするつもり?!」

 叶は至って真面目な顔で、凛に反抗した。

 しかし、これは楓子がディスられているだけなのでは……?

 いや、今はそれより……と凛の目を見て、楓子はぴくりと震えた。

 彼女は闘志を宿した目で、叶を睨んでいる。

「お前から死ぬか」

「え?」

 まずい。

 突っ立っていた叶に、凛が殴りかかった。

「よっ、よけろ!」

 楓子は叫んだ。しかし、そんな楓子の目は、阿呆のように見開かれることになった。

「え?」

 凛が叶を殴る直前、突如、凛の体がぴたりと動かなくなった。

「はっ、な、なんだっ、これ!」

 ……楓子には見えていた。

 叶の影から這い出た黄金色のカゲロウ、ツッキーが、凛の体を押さえつけたのを。

「ひどい人もいるもんだね。突然殴ってくるなんてさ」

 叶は不満そうな顔で、押さえられた凛を見ている。

「おい、お前! 何しやがった!」

「大きい声だなあ」

 凛が冷や汗を流しながら、うるさそうに耳を塞ぐ叶を睨んだ。

 やはりカゲロウは、楓子と叶以外には見えていないようだ。

「凛ちゃん? だっけ。私、痛いことされるの嫌だからさ。フー子ちゃんにまた手出したら、次は怒っちゃうからね?」

 叶は、敵意のある目で凛を睨んだ。しかし、凛はどちらかと言うと面白そうな、興味のある表情をしていた。

「へえ、そうか。じゃあ次の標的はお前の顔にしてやるよ」

 凛は楽しそうな表情で言った。が、騒ぎを聞きつけて走ってきた教員の姿を目にすると、バツが悪くなったのか、不承不承去っていった。




*****



 楓子と叶は、先ほどの諍いの後、二人で下駄箱を出て、帰り道を歩いていた。

「フー子ちゃん、なんであんな危ない子と関わってるのさ」

 校門を出たところで、叶は不意に言う。

「好きで絡んでるわけじゃ無い」

 楓子がそう言うと、叶は「だろうけどさ」と不満を溢す。しかしその続きが思いつかなかったのか、すぐに黙り込んでしまった。

 しばらく、何も話さずに歩いていた。

 不思議な感覚だ。昨日会ったばかりなのに、ずっとの知り合いのような、妙な落ち着き。

 叶は何を思いついたのか、急に笑顔を浮かべた。

「そうだ、ズダバ行く約束だった!」

 楓子は途端、「うげ」と声を漏らす。

「うげとはなんだ」叶がふんと息を吐いて言った。

 楓子はため息混じりに返す。

「だって、人多いの苦手だし」

 その一言に、叶は途端、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

「フー子ちゃん、コミュ障」

「埋めるよ」

「ごめんってば」

 叶は怖い怖いと言いながら、なぜか嬉しそうな顔をした。

「あ、ほら、津田ちゃん一時に待ってるって」

 叶が携帯を見せてきた。ついさっき出会ったばかりだというのに、メール件数は三十を超えている。

「げ、もうこんなに……」

「仲良くなっちゃった。っていうことで行こうね、フー子ちゃん。ズダバで待ってるから!」

 そう言って叶は走って逃げた。

「あ、おい! まだ行くなんて言ってな……」

 楓子は走り去る叶に叫んだが、叶は一向に振り返らない。

「じゃあまたあとで!」

 叶は最後にそう言い残し、あっという間に見えないところまで走っていってしまった。

「……あいつ……」

 ワナワナと怒りに震える楓子の口から、虚しく言葉が漏れた。



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