表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
5/43

第五話 虚を夢む 其の伍



 時刻は十一時五〇分、三時間目の終了五分前を示していた。

「やっと終わる…」

 楓子は机に突っ伏し、成績呼票を手で折り曲げながら、今にも溶けそうな覇気のない声で言った。

 楓子は決めた。帰ったら、この前買った牛乳プリンを堪能しよう。とにかく今は、糖分を摂取したい。

 今日は特段疲れた。暑さがひどいのも原因の一つだが、いちばんの原因は…

「でねでね? その時お父さん、なんて言ったと思う? あの人、お前に娘はやらん!って。鳩にだよ? もう、笑っちゃうよね!」

 ………うるさい。

 叶は本当によく喋る。周りの声でかき消されるからと、授業中だろうが構わず話しかけてくる。死ぬほどどうでもいい話を延々と聞かされないといけないのだ。隣の席がこいつなんて、貧乏(くじ)もいいところだ。

「ねぇフー子ちゃん聞いてる?」

 叶がいやらしい笑顔でこちらを覗き込む。くそうぜえ。

「ねぇずっと無視ぃ? 普通に傷つくんですけどぉ?」

 なら話さなければいいじゃないか。楓子はそう呟きそうになったが、我慢した。

「うわぁ、わたし泣いちゃうよ? いいの? ねぇ、ほんとに泣くよ?」

 楓子は変わらず無視を決め込んだ。何が悲しくて、メンヘラなセリフを連呼されなければならないのか。

「うわぁ血も涙もないわぁ。悲しすぎて目から牛久大仏出るわぁ」

「…意味わかんない」

「あっ!反応した!」

 楓子が呟くと、叶は嬉しそうに、席に座ったまま跳ねた。

 が、机に膝を思いっきり打ち、タコのような表情をした。

「痛ってぇ! やべぇ足打った、死ぬ…」

「…死んでしまえ」

「うわー!言っちゃいけないこと言った!チクチク言葉だー!私不登校になっちゃいますぅー!」

 叶が両手で自分の肩を抱きしめるような姿勢で仰け反った。

 その時、授業終了を伝えるチャイムが鳴った。

「えー、ということで、通知表返却終わり」

 樫木が、そう言って起立の号令をかける。

「やっと終わったー!」

「ねぇあとでズダバ行こ?」

「納豆食いたい…」

 陽キャのうるさい声が耳を貫く。だが、やっと終わった。この地獄から解放される。

 楓子は号令後、そそくさと帰りの準備を始めた。叶が下校中ついてきたりする前に、さっさと帰ってしまおうという算段だ。

 だが、誰よりも早くロッカーに鞄を取りに行くと、叶も楓子に張り合うように、素早く鞄を取って帰りの準備を始めた。

 叶は、逃がさないよとでも言うかのような、悪い笑みを楓子に向けている。楓子は思わず顔を顰めた。



*****



 帰りのホームルームが終わり、樫木が号令をかけた。

「起立! 礼!」

「さいならー」

「さよならー」

 生徒達は適当な挨拶をし、鞄を持って各々の行動をする。

 机を整え、窓を閉める者。仲のいい友達のところに駆け寄る者。

 そんな中、楓子は叶にも詩乃にも目を向けず、そそくさと教室を出ようとした。その時…

「フー子ちゃん、逃がさないよ」

 叶が、手をもきもきと動かしながら、楓子の前に立ちはだかる。

 楓子は、とても嫌そうな顔を作って言った。

「なんで、そんなに私に絡むの?」

 そういうと、叶は一瞬フリーズした後、太陽のような笑顔に戻った。

「そりゃあ君! せっかく同じ学校になったんだから、旧交を温めようと…」

「旧交は意味違うよ…」

 そういうと、叶はまあまあと手を振った。その時…

「ねぇ茨木さん、放課後一緒に、新しくできたズダバ行きません?」

 突然、叶を呼ぶ声がした。叶に声をかけたのは、クラスの優等生兼お嬢様系陽キャ女子、学級委員の津田真子だった。楓子にとっては一生関わらないような人種だ。

「え、え、私?」

 叶は少々戸惑った顔をした。

「そう!茨木さん、折角同じクラスになったから、仲良くしたいなーって!」

 真子は、お得意のいい子オーラで叶に絡んだ。

 だが叶は嫌がる様子もなく、ぱぁっと明るい笑顔を咲かせた。

「いいですね! じゃあ、フー子も一緒に行こうよ!」

「えっ、あ、いや…」

「え? か、椛本さん…?」

 しかし、先ほどまでいい笑顔だった真子は、途端曇った顔をした。

 楓子は、「うっ…」と声を漏らした。嫌われているのは知っていたが、ここまでわかりやすい反応をされると辛い。

「だめ、かな?」

 だが、涙目の上目遣いで頼む叶を見て、真子は再び明るい笑顔になった。

「い、いや、勿論いいですよ!てことで椛本さん、よろしくお願いしますね!」

「え? いや私は…」

「やったぁ! よかったね、フー子ちゃん!」

 叶がぽんぽんと肩を叩く。

「そんな…」

 楓子は絶望した顔で、世界の終わりのような声を漏らした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ