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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第四話 虚を夢む 其の肆



 強い日差しが頬を刺す、午前八時。

 楓子は学校の門の前で、一学期最後の登校を終えたところだった。

 靴を履き替え、階段を駆け上がる足取りは、羽のように軽い。その理由も明白である。

 明日から夏休み。

 陰気気質を拗らせた楓子は、なるべく人と関わりたがらない。人付き合いの能力もない。夏休み、祭りだのと同級生の騒ぎ立てる話題に、血の巡りが悪くなる。

 しかし、夏休みということはつまり、遊び呆けることができるのだ。

 詩乃はもう来ているだろうか。今日は三時間授業なのでいつもより早く来たが、普段は毎日のように遅刻するため、詩乃が何時頃来るのか、というのは分からない。

 早いのだろうけれど。

 そんなことを考えながら、二ー一と記されている木札の垂れ下がった教室に入る。

 活気のある字で『目を見て挨拶をしましょう!』と書かれた掲示用ホワイトボードをガン無視し、自分の席につく。

 やはり詩乃はもう来ていた。詩乃は窓側から二列目、前から二番目の席だ。楓子は廊下側の六番目、わかりやすく言えば右下の端の席。

 登校の早い男子連中が、仲のいい友達と絡んでいる。

「やっ。おはやう」

「おはやう」

 ぼーっと黒板を眺めていた楓子に独特の挨拶を投げかけたのは、親友の白沢詩乃だった。

 それ以外に、楓子に声をかける人などいない。

「楓子、めっちゃ早いじゃん。夏休み前だから?」詩乃が手を団扇のようにして、顔を仰ぎながら言った。

 余裕のある態度だ。

 詩乃とは小学校に入る前からの幼馴染だ。元々は楓子と同じく内気で、積極的に人と関わろうとはしない人だった。

 しかし、中学に上がって、彼女は変わった。ガタガタのストレートだった髪は三つ編みに下ろされ、教室の隅で読んでいたチープな乙女雑誌は参考書に変わり、バスケ部に入ったことでスポーツの才能に目覚め、二年生ながらに副部長を務める。教員の推薦で生徒会に入り、今では次期会長候補として名前は有名だ。

 別人みたいだ、と言うより、これが本来の彼女なのであろう。今まで触れてこなかっただけで、勉学もスポーツも人並外れている。

「楓子、テンシオン高いじゃん」

「発音変だな。別に、そんなことないけど?」

「へえ?」

 楓子は誤魔化したつもりだったが、詩乃はお構いなしな様子で、いやらしく口角をあげた。

「そんな誤魔化しは私には通じないよう。夏休み前でわくわくしてるんだろう?!」

 楓子は意表を突かれ、動揺した声を出した。

「はっ、はあ?! そ、そんな、子供じゃあるまいし!」

「あはは! おもしろ……あ痛ァ!?」

 むかついたので、頭を引っ叩いてやった。

「別に、そんなんじゃないよ」

 そういうと、詩乃は低い体勢のまま、「ふーん」と呟いた。

「ほんとにそうかぁ? まあいいけどさあ」

 その時、詩乃の声を遮るように、聞き慣れたチャイムが鳴った。

「席戻らないと」

 詩乃は軽く手を振って、楓子の席を離れた。

 それから、トイレから走って戻ってきた男子達を追いかけるように先生が教室に入ってきた。

「お、今日は椛本まで来てるのか。じゃあホームルームを始めるが、その前に」

 そう言って先生は、少し姿勢を改めた。「なんだなんだ」と周囲がざわつき始めたが、先生の「静かに」という一喝で収まった。

「夏休み前日で申し訳ないが、転入生を紹介する」

 樫木先生が、幾分か格好つけた姿勢で言った。

「転入生ぇ?」

 男共ががやがやと騒ぎ立てた。

 転入生、と聞いて、楓子はどきっとしたが、すぐに平常心に戻った。

 新しく生徒が入ってきたところで、楓子が関わることはないだろう。心底どうでも良かった。

「入ってきてくれ」

 先生が呼ぶと、廊下から足音が近づいてきた。楓子は興味がなかったので、特に気にはしなかった。

 しかし、視界の端を金髪が横切ったことで、咄嗟に目線が動いた。

「茨木叶です。お化けとか好きです。よろしく」

 右は眼帯で隠されている、透き通った赤い眼。幼い顔立ち。特徴的な金髪。そして首元の勾玉(校則違反である)。

 楓子は、ぽかんと口を開けてしまった。そんな楓子を、詩乃は遠くの席から眺めていたが、楓子は気が付かなかった。

 教室は一斉に騒がしさを増した。

「すっげ目ぇ真っ赤! 外国人?」

「ウチの学校、金髪大丈夫だっけ」

「なに、あの眼帯。厨二病?」

 楓子は、ただ黙って見ていることしかできなかった。

「突然、この学校に来る事になったんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」

 樫木が気合の入った声を張る。

「カッシー、いつもより元気じゃん」

「可愛いコ来たからかな。ウケる」

 みんなが騒ぎ立てる中、叶はいそいそと辺りを見回している。楓子は、どうか気づかれないようにと願っていたが、そんな願いは虚しく、叶の赤い双眸が楓子を捉えた。

 その瞬間、叶の表情がぱっと明るくなった。

「私、あそこの席がいいです!」

 そう言って叶は、楓子の席を指差した。クラスメイト達はさらに騒がしくなった。

「ああ、構わん。椛本、いろいろ教えてやってくれ」

「えっ? ちょっ」

「よろしく、ね!」

 勢いに気圧され、楓子は戸惑うことしかできなかった。

 叶が、楓子の隣の席に腰掛ける。

 そうして、茨木叶が、楓子の学校に転入してきたのであった。



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