第三十三話 狡猾な蛙 其の肆
曰く診断の結果、叶の症状は熱中症と判断されたようだ。病院には、叶の祖母が付き添いに来ていた。
馬鹿は風邪を引かないというが、叶でも熱中症になるのだな、と、楓子は失礼な事を考えていた。
しかし不思議なことに、叶の体にこれと云った異常はなく、体内活動も倒れたとは思えない程元気に行われているそうだ。
『何もなかったし万々歳』という思いはあるが、やはり本当の原因が気になる。
特にあの、不気味な笑顔を浮かべていた金髪の女。考えすぎかもしれないが、叶が倒れたのはあの金髪女を追いかけた時だったのだ。
関係があるのかもしれない。
そうだ、それも含めて話すために、真子の家に来たのだ。
真子の家は、生活感のある家というより、異国風の隠れ家を思わせるものだった。
内壁も、外壁と同様な黒煉瓦。玄関の靴収納棚の上には、人や鳥等の形を模した石彫が並んでいる。
リビングには入るなと言われたが、きっと台所は楓子の家の数倍大きいだろう。包丁にも銘柄があったりするのだろうか。楓子の脳内で勝手な妄想が作られていく。
真子の部屋も例には漏れず、かなり特徴的だった。
物が多いようで、きちんと整頓されている。液晶テレビに向き合って佇む布地ソファは、無造作に放り出された雑誌を受け止めていた。
その他には、間接照明卓子と、それを囲むように配置された回転椅子。すぐ側には、鉄の格子で組まれた洋風棚がある。
天井の裸電球から垂れる蒼白い光は、部屋に光彩と翳りを生み出していた。
「もうすぐ国尚が帰ってくるけど、好きにくつろいで貰って構わないわ」真子はそう言うと、「よいしょ」と回転椅子の一つに腰掛けた。
「大人ぶっちまって……」
村瀬もそう笑いながら、慣れた様子で椅子に腰掛ける。楓子はその向かいの席に座ることにした。
国尚……真子の弟だ。楓子を馬鹿にしまくったクソガキである。確か、小学生だと言っていた。
まだ帰ってないということは、学校か、はたまた習い事だろうか。どちらにせよ、顔を合わせたらまた馬鹿にしてきそうだ、あの野郎。
一方、叶は……
「ふわっふわだぁっ」
どうしても落ち着かないようで、ソファの上でバフバフと体を弾ませていた。
「ごめんね、真子ちゃん」楓子は途端に申し訳なくなって言う。
真子は微笑ましそうに笑いながら、「私が呼んだんだもの、気にしないで」と綻んだ顔を見せた。
楓子はふと思う。真子はいい子すぎる。
真子の提案とはいえ、ここまでしてもらう義理はないはずなのだ。
初めは避けられていたが、地味で陰気な楓子にも嫌な顔を見せないで接してくれる。それでいて、変に畏まることもない。
友達が多いのも理由があるのだろう。こういう人がモテたりするんだろう。
楓子はぼーっとそんなことを考えていたが、突如、自分が真子のことを見つめていることに気がついた。
「……どうかした?」
真子は焦りと少しの困惑を孕んだ目で、楓子の視線を受け止めている。
しまった。無意識に見つめていた。楓子の、考え事をする時の悪い癖が出てしまった。
「あっ、いや、なんでも……」
楓子は途端に気まずくなる。罪悪感でまたも俯いてしまった。
自分はいつもこうだ。全く成長しない。このままじゃ将来、中身の成熟しない大人になってしまう。
アゼミと話してた時も気をつけなければと意気込んでいたのに……
……アゼミ。
「そっ……そうだ。アゼミさんのこと、調べるんだよね?」
楓子は途端に思い出して、大声を出してしまった。
その言葉に、村瀬は呆れたように言った。
「その事なら、もう知り合いに頼んだ言うたやろ」
「……え」
「そのアゼミってやつ、俺らと同じ学校やった。さっき説明したぞ」
困惑する楓子。
「ある友人に、近辺でアゼミという名を調べてもらってたんですの」
楓子のことを気遣ってか、真子が苦笑いで答えた。
「そしたら私達と同じ学校の高等部に、似た呼び名の人がいると突き止めてくれたんです……ごめんなさい。椛本さんにも伝えたつもりだったのだけど……ずっと無反応で私の方見てたから……」
楓子は正直、今すぐに消えたかった。




