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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第3章 蛙編
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藍白色の金平糖



「叶、暑くない?」

 蝉の声が耳を劈く炎天下、お姉ちゃんが頬にじんわり汗をかいた顔で、笑いながら私に聞いた。夏の涼しさのような透明な声。私が大好きな声だ。

「あつい」

 お姉ちゃんは「そっか」と呟き、私の小さな肩掛け鞄から水筒を出して、手渡してくれた。お姉ちゃんの長い金髪が揺れる。青空のように透き通る瞳が、真っ直ぐに私を見ている。

 氷でキンキンに冷えた麦茶が、乾いた喉に流れ込む。

「ん……おいしい」

 そう言いながら水筒を口から離すと、喉からお腹まで、一気に冷えた気がした。

「ふふっ……金平糖、いる?」

 お姉ちゃんは、またも鞄から巾着を取り出して、小さく可愛いものを手のひらに乗せた。

「ありがと」

 お姉ちゃんの手から一つ取る。砂糖でできた星屑が宝石のように光った。

 私はこれが大好きだった。お姉ちゃんは、いつもにっこり笑ってこの金平糖をくれた。

 輝くそれを、口に入れた。ぽりぽりと控えめな音を立てて、金平糖が砕ける。

「美味しい……」

 もう一つ……と、お姉ちゃんの手から取ろうとすると、後ろに何かが見えた。

「あれ……」

 私が指を指しながら呟くと、お姉ちゃんはくるりと振り返った。

 背が高いお姉ちゃんよりももっと大きな陰が、すぐそこまで迫っていた。

(かなえ)!」

 お姉ちゃんは叫びながら、どんっと私を突き放した。

 その瞬間、耳が痛くなるような大きな音が響いた。視界がぐわんと歪み、衝撃が体に走る。

 ……痛い。

 そう認識したのは、地面に背中がぶつかってからまもなくのことだった。

 地面に倒れ込んだ時に背中を打ったのだろう。

 だが、そんな痛みは全く気にならなかった。

「……お姉ちゃん?」

 私が呼んでも、返事がない。

 そのかわりにか、知らない人の悲鳴が聞こえる。

「早く!救急車!」

「轢き逃げだぞ!」

 頭が理解できなかった。今、何が起こったのだろう?

「お嬢ちゃん大丈夫かい?!」

 知らない人が、私の手を握った。いやだ、お姉ちゃんじゃない。お姉ちゃん以外に触られたくない。

 その人の手を乱暴に振り払い、立ち上がる。

 目の前には、歩道に広がる赤い液体と、その中に倒れ込む……

「みっ、見ちゃだめだ!」

 知らない誰かが何かを叫んでいたが、全く頭に入ってこなかった。

 …………違う。これはお姉ちゃんじゃない。

 この赤い肉の塊は、お姉ちゃんなんかじゃない。だってお姉ちゃんはいっつも……

 近くで誰かの叫び声が聞こえる。耳が痛い。冷たい水で潤った喉も、今はひどく痛む。

 蝉の声と、つんざく叫び声が耳を貫いている。

 しばらくしてようやく、叫んでいるのが自分だと気付いた。



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