第三十話 狡猾な蛙 結
叫びながら、楓子は飛び起きた。
起きて、身体中をまさぐった。どこにも怪我はない。手のひらを顔に添える。嫌な汗がべったりと滲んでいた。
頭はひどく混濁していて、ごちゃまぜに色々なものが浮かぶ。それからしばらくして、蹂躙される叶たちの光景が、脳裏にフラッシュバックする。
「何が、起きて……」
楓子は、辺りを見渡す。
生物室に居たはずだ。しかしここは、アゼミに拘束されていた、あの空き教室だった。
そのとき、目の前に、倒れ込んでいる一人の姿を見つけた。
それが叶であると、すぐには気づけなかった。
楓子は彼女の体を揺すったが、その間も、これが現実なのか、という問いが常に頭に浮かんでいた。
アゼミに殺されたはずの叶。しかし、その身体には傷ひとつなかったのだ。
「うう……揺らさないでよ……」
叶はとうとう、呻るように声を出して、それからだんだんと意識を取り戻した。
不思議な感覚だった。まるで夢でも見てたかのような。
「してやられたな」
そのとき、背後で低い唸り声がした。
村瀬だった。顰めた顔で、頭を掻いている。
その傍らでは、真子が寝息を立てていた。
*****
畦巳芭は、体育館の裏手に走り込み、胸を押さえて呼吸を整えた。
生徒の視線を掻い潜れる裏出口から、ようやく教室棟を抜けたところだった。
体育館のすぐ横には武道場がある。周辺は緑が好き放題に生い茂っていて、腐った卵のような臭いがした。
「脅かしが過ぎたなぁ」
アゼミは苦笑した。椛本たちにではなかった。その笑いは、荒事にすっかり慣れてしまった自分自身に向けられていた。
アゼミにとり憑いたガマというカゲロウは、カエルの怪異である。有名な怪異伝に伝えられたうちの一体であり、人に幻覚を見せる。
ガマに、人を傷つける力はない。しかし、幻覚の中で怖がらせることならできた。もっとも試したことなどなかったので、これほどに上手くいくとは思わなかったが。
椛本たちも、これで諦めてくれるだろう。それこそ、茨木のカゲロウに正面から挑むのではまず敵わない。嗅ぎ回られると厄介だ。
呼吸が整ったところで、アゼミは校舎へ振り向いた。
そして絶句した。
三階の窓から、金髪の少女が身を乗り出していた。
「なっ……?!」
金髪の彼女……茨木叶は、窓の縁に足をかけ、今にでも飛び降りそうな体勢で叫んだ。
「私から逃げられると思うなぁッ!」
舌打ちをし、アゼミは逃げ出すべく体制をとった。
「しんどいなぁ、もうっ」
茨木はすでに飛び降りていた。彼女の足元からは素早く黒い影が飛び出し、落下しながら身を捩った。影は金色に変色しながら、叶の落ちるであろう地面に先回りし、叶を受け止める。
「うおうっ」
地面に叩きつけられる寸手のところで、叶は腰を受け止められ、無事に着地する。
アゼミはそれを後ろ目に見ていた。少し悩んで、彼女のほうへ正対する。
それから、右手を前方に突き出して、唱える。
「"オオガマ"」
途端に、アゼミの背後の虚空から、どす黒く巨大な腕が飛び出した。
叶の表情が強ばったのが遠目に見える。
まるで異次元から飛び出してきたかのように、突如現れた腕。それは、黒くも艶のある、蛙の掌だった。
それぞれが人の背丈ほどあろうかという三本の指。そしてその半分ほどの大きさの親指。先端には両生類特有の吸盤があった。
その手はゆっくりと地面に降りた。
腕に引っ張られるように、虚空から頭部分が飛び出す。そのまま、胴体、そして後肢が顕現した。
小さなカエルを寄せ集め、巨大な一体に見せているのだ。
アゼミの切り札である。
オオガマは、叶とツッキーの方へ頭を向けると、そのまま大きく口を開いた。
「ツッキー!」
叶は攻撃されると悟ったのか、声を上げた。その声に呼応するように、金色の影は巨大化する。
そして、オオガマの頭を掴んだ。
オオガマは小さな蛙の寄せ集め。集まって大きく見せているに過ぎない。
初めから足止めが目的だ。
アゼミは身を翻し、学校を出るべく走り出した。
背後からは激昂する叶の声。
アゼミは一度も振り返ることなく、校門を目指して走った。
*****
「ならついて来んでええ」
彼のはっきりとした物言いに気圧され、楓子は肩を震わせる。
もう諦めようと弱音を吐いた楓子に、村瀬は腹を立てている。それくらい、見てわかる。
「先に言っとくが、責めてるわけやないからな」謝ろうとした楓子に、食い気味に返す村瀬。
「俺はアゼミが怖い」
しかし言葉とは裏腹に、村瀬はふふっと笑った。鼻にかかった笑い声。後味の悪そうな、恨めしそうな声色である。
どうして彼が笑えるのか、楓子は理解できなかった。
「怖い。いうても、納得はいってないからな。アゼミは捕まえに行く」
「そんな……」楓子の口から、咄嗟に言葉が出る。
「どっ、どうしてそんなに前向きなのさ。何もできなかったのにもう一回なんて……だって、死んだら終わりじゃんかっ」
楓子の叫びに、村瀬はまあ聞け、と笑った。
また、笑った。楓子は文句の一つでも言いたかったが、それより先に彼は言う。
「カゲロウってのは、ああも都合よく使えるわけやない。これはアゼミの同級生から聞いた話やが、アゼミは五年前の事件で、一度行方不明になっとる。犯人の奴に利用されて、指切りを経て蝋折になったんだとすれば、少なくとも外側から憑かれたケースのはず。勾玉が何よりの証拠や。アゼミは少なくとも、勾玉なしにカゲロウを好きに扱うことはできん」
そこまで聞いて、今度は叶が口を挟んだ。
「私たちに、わざわざ自分に殺される幻覚を見せたのは、自分を強く見せるためってこと?」
その指摘に、村瀬は「ああ」と淡的に返す。「筋がいいな」
えへん、と胸を張る叶。
「つ、つまり」楓子は話を戻す。「アゼミは……」
「弱いのを隠しとる」
村瀬はくぐもった笑いを浮かべた。
「アイツは今頃、まんまと罠にかかった俺らを置いて逃げようとしとるはずや。今ならまだ間に合う」
「でも」叶は頬を膨らませる。「どこから逃げたかなんてわかんないじゃん」
それだよ、と挟む村瀬。彼は、自分のスマートフォンを突き出した。叶は怪訝そうに眉をひそめた。
楓子も、画面を覗き込む。
「地図……学校の?」
携帯の画面には、学校を中心とする小さな地図が広がっており、高等部校舎の、恐らく現在地である場所は青い点で示されていた。
「この点は、俺らやない」
村瀬の言葉に、楓子は、さらに画面を注視する。
そして気づいた。
高等部校舎にあった青い点は、一度点滅すると、そのすぐ近くの、裏口を出た。体育館の裏手を移動している。
「あの霧が出る直前、アゼミの服の袖にGPSをつけた」
村瀬の顔に、いやらしい笑みが貼り付く。
「追うで」
*****
走ってくるアゼミを、楓子は校門で迎え打った。
信じていいんだよね、と、心の中で村瀬に言う。彼の言ったことはあくまで予想なのだ。
アゼミは楓子に気がつくと、目を見開いて、足を止め……それから、躊躇の表情を見せた。
「驚いたなァ。君は今頃、すっかり怖気付いていると思ったんだけれど」
核心を突かれ、楓子の胸がどきりと高鳴る。
必死に自分に言い聞かせる。怖気付いていると思われたら負け。顔に出すな。
飲み込め、私。
「私は……」
「退いてよ」
覇気のある声。その声に楓子は固まった。
しかし、引くわけには行かない。
「どっ、どうして、悪いことするんですかっ」
楓子はできるだけ、必死に見えるように言った。緊張のあまり変な物言いになる。
「ゆ、行方不明になった人たちは、一体……」
「楓子ちゃん」アゼミは楓子を、下から上まで舐めるように眺めて、それから目を合わせた。「演技、ヘタ」
ぞくっ、と、背中から一気に発汗する気配があった。
いけない。怯えていることを悟られては、適当にあしらわれてしまう。
そうと分かっていながらも、楓子の心臓はうるさいままだ。
「行方不明の子たちは諦めた方がいい」
アゼミは、もはや事件への関与を隠すつもりはないらしく、きっぱりと言った。
「連れていかれた子たちは皆、彼の方の元に仕えることになる。でも、逆らった子は……」
彼の方とは誰のことか、という楓子の問いは、言葉に出なかった。
「逆らった子は逃げられないよ。暗くて五月蝿くて、苦しい場所に連れていかれる」
楓子の抱いた恐怖心はさらに煽られた。
だがアゼミは、そんな楓子の動揺を突こうとはせず、続け様に、不可解なことを言ってみせた。
「キミは、人を殺しちゃいけないと思うかい」
「えっ」
思わず、声が漏れる。
どういう意図があるのか。肯定すべきか、否定すべきか。しかし、楓子がそれを肯定するのは変な気がする。
下手に繕うのはやめた。
「普通に考えたら……人を殺すってダメなんじゃ」
アゼミは目を細める。
「その普通って……」
「だって、痛いじゃないですかっ!」
彼女の言葉を遮って、楓子は大声で言った。強がりもあったのだろう。アゼミはキョトンとして目を見開いた。
「皆、痛いのは嫌でしょ」
楓子の言葉に、アゼミは俯いた。肩が震えている。
「しまった」と、楓子は思った。
怒らせたかもしれない。
心臓の音がいっそう大きく鳴り響く。どくんどくんと、身体中が跳ねるような感覚に、楓子は居ても立っても居られなかった。
しかし、楓子の言葉を受けたアゼミの反応は、想像とは違うものだった。
アゼミはふっ、と声を漏らす。
そして……
「あっはははははっ」
笑った。
当惑が楓子の頭を埋め尽くす。
「あはっ、楓子ちゃんっ、君ほんとうに面白いよ!まったく最高だね。痛いからって……」
困惑する楓子に、構わず大笑いをするアゼミ。だが、それは楓子に笑っているというより……
自嘲に見えた。
「君ってば本当に……仕方ない。大人しく話すさ」
アゼミはため息混じりに顔を上げた。
なんだか分からないが、上手くいったらしい。
「私は」
アゼミは何かを言おうとした。
そのときだった。
突然、片腕で首を押さえたアゼミ。同時に口元が歪んだ。
目を凝らして、はっとした。
村瀬のカゲロウが、アゼミの首元に噛み付いていた。
「ようやった、椛本」
同時に、楓子の携帯から、村瀬の声が聞こえた。
何かあった時のためと村瀬に言われ、通話を繋ぎっぱなしにしていたのだ。
「やられたな」アゼミは苦笑した。自分の首にかみついたカゲロウを掴み、無理やり引き剥がした。食い込んでいた歯が引っ張られ、皮膚を裂く。アゼミの唇が歪む。
楓子は安堵のため息をついた。取り敢えず、上手く行ったようだ。
打ち合わせの時、村瀬に言われた。
「俺のカゲロウは、人間の身体に噛み付くことで、その人間に取り憑いたカゲロウを祓える」重大な秘密を打ち明けるような、慎重な口調だった。「もちろん限度はあるが、外部から憑いたカゲロウなら、引き剥がすくらいはできるだろう」
楓子が時間を稼ぎ、村瀬のカゲロウがアゼミを襲う。そういう算段だった。
楓子は村瀬との通話を切って、校舎の方に目を向ける。未だ姿は見えないが、すぐに村瀬は追い付くだろう。
アゼミは、片手で首を抑えながら俯いていた。
ごくりと、唾を飲む。今のアゼミに、カゲロウは憑いていない。
もう逃げられることはない。ないはずだ。
「最後に」不意に、彼女が口を開いた。それがアゼミの声であると、楓子はすぐには気づけなかった。
「友達は選んだ方がいい」
アゼミは顔を上げた。
その顔を見て、楓子は奥歯を噛んだ。誰のことを侮辱しているのかは分からないが、この人に言われるのだけは釈然としなかった。
「あんたに言われなくたって……!」
楓子は反論しようとした。
しかし、楓子が言うより早く、アゼミが続けた。
「茨木叶は、世界から季節を消した」
何秒、経っただろうか。
何かを言おうとして、しかし言葉が見つからなくて……
アゼミの言うことなど、はなから信頼する気はなかった。
それでも彼女の言葉は、確かな説得力をもって楓子の頭に残っていた。
『この事件の犯人は、過去に世界から季節を消しとる』
病院で村瀬に聞かされた言葉が、頭をよぎる。
何もかもわからなかった。季節を消すということの意味も、アゼミの言うことも。
唐突に、声が響いた。
「フー子ちゃんッ!」
校門の向こう、校舎のほうからだった。
ツッキーを傍に従えた叶が、楓子のもとへ駆けてきている。
楓子の意識が引き戻された。
「叶っ!」
アゼミの舌打ち。
「もう、オオガマを……」
焦燥の声を漏らす彼女。
「ツッキー!」
叶の叫び声に、ツッキーは大きく膨れ上がった。楓子はそれを見上げ、思わず後ずさる。
ツッキーは腕を振り上げると――――爆弾のような一撃をアゼミに浴びせた。ドォン、という破砕音。砕かれた表面コンクリートの欠片が飛び、砂埃が舞った。
「おわっ」
余波で、楓子の体が反対方向に投げとばされる。
視界がぐわぐわと歪み、やがて背中が地面に激突する。
「……痛ってぇ……」
「あ、アゼミはっ?!」
叶の言葉に、楓子ははっと、ツッキーが殴りつけた場所に目を向ける。
アスファルトの地面に、放射状の亀裂が走っている。そこには、何匹かのカエルのようなカゲロウが、死んだように転がっていた。
アゼミはいなかった。
楓子が「どこに行った」と言う前に、叶が「あそこっ!」と叫んだ。
アゼミは、川を伝う道を走って逃げていた。「んべー」と舌を出して挑発する。
楓子は戸惑った。人間が一瞬で、あれだけ移動できるわけがない。
それから、アスファルトに寝転がっていたカエルの死体。
アゼミはカゲロウを失ったはずだった。何故、まだカゲロウが残っている?
効果がなかったのか。しかし、そんなはずはない。
理由はわからない。わかることは一つだけ。
このままじゃ、逃げられる。
「フー子ちゃん、ちょっと我慢しててね」
突然、叶が楓子に言った。
「は? なに、我慢て」
言いかけた時、すでにツッキーは、楓子と叶の体を後ろから掴んでいた。
その言葉の意味を理解して、楓子は一気に青ざめた。
「ま、まって……!」
「待たないわ。ごめん」
叶は満面の笑みで言った。
瞬間、叶の笑顔が、視界から大きくブレた。……と思うと、次の瞬間には、地面と空が逆さまになっていた。アスファルトの地面が、一気に遠のいていく。
楓子は、人生で初めて空を飛んだ。
楓子は叫んだ。魂が口からまろび出そうになりながら絶叫した。
ブレブレの視界に、こちらを睨むアゼミの姿が映った。彼女は何かを考えたような仕草のあと、木々の立ち並ぶ道を曲がった。
「あぜっ」
声をあげるも、再び大きく視界がブレる。
方向を変えたのか。いや。
急降下している。
「まてえいっ!」叶はこれ以上にないほど楽しそうだった。もはや、ほんとうにアゼミを追っているのかは見当がつかない。
何かが込み上げてくるような感覚が、楓子の喉を襲った。
「うっ……うぷ……」
「ちょっ、フー子ちゃん吐かないで! こっ、これこれ使ってっ!」
吐きそうな気配をみせる楓子に、叶はプラスチックの袋(どこから出したのか)を手渡してきた。そのためか、ツッキーの飛行軌道がぐわんと揺れ、墜落していくのがわかった。
楓子たちを乗せたツッキーは、路面に雪崩れ込むように着地した。
楓子は激怒した。
立ち上がるや否や、叶の左頬に右片手突きを入れた。
殴られた叶は「ごふっ」と酷い唸り声をあげて吹き飛び、地面を転がって仰向けに静止した。
「我慢しないで吐けばよかった」
楓子は吐き捨てるように言った。
「ふっ、フー子ぢゃっ、ごべっ」
叶は左頬を両手で抑えて後ずさった。
「しばきたいのは山々だけど、今はアゼミさんを追いかけないとだから、あとにしといてあげるね」
「そ、そうだね。で、でも」
「あとでね」
「はい」
楓子は苛立つのをどうにか抑えていた。その苛立ちは、空を飛ばされたことだけが原因ではなかった。
先程まではこの並木道を走っていたアゼミの姿は、もうどこにも見えなかった。
完全に見失った。
飛んだ意味はなかった。
楓子はくそっ、と地面にむかって吐き捨てる。
「あっ」
途端、叶が、ぴくりと肩を震わせた。
楓子は目をやって、それから当惑した。彼女は他でもない楓子を見つめていた。
いや、楓子を見て、ではない。叶の目線は楓子ではなく、楓子の背後に向けられていた。
「な、なにさ」
楓子は振り返る––––––
「––––––君たち、話を聞かせてくれるかな」
長身の中年男が、楓子たちを見ていた。夏だと言うのに厚着だった。
一瞬、誘拐の話を思い出して怯んだが、男が掲げたものを見た途端に、今度は別の心配がでてきた。
それは警察手帳だった。
「県警のシカノです」
私服警察、というやつだろうか。
「私たちになにか……?」
不思議そうに聞く叶に、シカノと名乗った男は「この頃、物騒な話が後を絶たんのですわ」と、笑った。しかし、目元だけは笑っていなかった。楓子たちを疑ってかかっている目だ。
「キミたち、随分焦ってるようだったから、何をしてたのか気になってね」
はあ、と楓子は返した。
アゼミのことを正直に言うべきだろうか。
「私たち、ヒトを探してるんです」楓子の迷いを断ち切る様に、叶が言った。
男は怪訝そうな目をして、ほう、とつぶやく。楓子はどきどきと胸が鳴った。悪いことをしているわけではないのに、男の鋭い目を前にして、いてもたってもいられなくなっていた。
「それはまた、誰を探してるんだい」
「同じ学校の……先輩ですよ。忘れ物……その、部活の備品を渡すために……というか」
男は少しの間、逡巡するような表情を見せた。しかし、やがてははぁ、と息をついた。
「そうかい。呼び止めてすまなかった。ありがとう」
「は、はい」
「はあい」
元気な声。振り返って初めてわかったが、叶は何故か楽しそうな笑みを浮かべていた。
わくわくしているのだろうか。職務質問に。
「か、叶……なんでそんな笑顔なのさ」
そう、叶に話しかけた、そのときだった。
「カナエって、君、"イバラキカナエ" ちゃんかい?」
立ち去ったはずの警察の男に、再び、今度は背後から声をかけられた。
「いっ?!」
驚きで声を発しながら振り返る。
「わたし?」
叶はいっぽう、きょとんとした顔でシカノの目に応えた。それを見て何を思ったのか、シカノは目を窄める。
「署まで来てもらえるかな」




