第二十四話 或る指 其の肆
「二〇〇五年の八月十五日、書店『赤堂』の女性従業員から、不当な送金を指示されたとして通報があった」
谷山は白板を背に、事件当時の状況説明をしていた。
「捜査に当たった鹿野は知っているだろうが、一機捜と組対四課書店による差押さえの結果、事務所の複数の従業員の端末から、顧客リストにない人物の口座に資金が振込まれた証拠が見つかった」
説明しながら、谷山は、白板に一枚の写真を貼り付けた。薄暗い路地を背に立つ一人の男が写っている。
禿頭で肩幅が広い。身に着けたねずみ色のスーツには、ハイブランドのうすい白縞線が見えた。
「送金を指示して逮捕された男は、県の指定暴力団『弌葉組』の構成員だった」
「通報した女ん人は保護されたんか」
「あなたも知ってる人よ、金守さん」
薄く微笑む谷山。
「というと……」
「通報した女性の名前は椛本冷子です」
鹿野が口を挟んだ。
その名を聞いた途端、金守は「ああっ」と声を上げた。
「鹿野が育てた警学の……!」
「育てたわけじゃないですよ」鹿野は厄介そうに言う。
椛本冷子は事件以降、職を捨てて刑事を目指していた。事件の被害者として保護されたあと、当時の事件の犯人を追うために警学に入ったのだ。鹿野が育てたわけではない。
「そんな繋がりがあったんやな」金守は興味深そうに言った。「なら、今回の事件のこと、何か知っとるんやないか? 聞きに行けばええやんか」
二人は黙り込む。
「な、なんや、急に黙り込んで……」
「彼女はもう死んでる」
谷山は淡的に返した。途端に呻る金守。
「椛本は五年前、かつての職場だった小学校の屋上から飛び降りて死にました」
鹿野が谷山の言葉を引き継ぐように言う。
「弌葉組に殺された可能性は」
「あり得ます。証拠はない」
当時の捜査で、椛本冷子の遺体からは、他殺と見られる痕跡は何もなかった。初動捜査の結果、判断されたのは『自殺』。
「今回の事件にも、弌葉組が関わってるかもしれない、というわけですか」
「そこまでは、どうもね」鹿野の意見に、谷山は悔しげに言う。
子供を騙して情報人質を作り、犯罪に手を染めさせる。それが弌葉組の主だった手法だ。
闇バイトにも近い。
「仮に、白沢がヤクザに利用されているのなら……」
そう零す鹿野に、金守が薄く笑いかけた。「引き戻してやらんとな」
鹿野も金守を見て、ふっと気の抜けた笑みを浮かべる。だが、すぐに真面目な顔に戻って、パイプ椅子から立ち上がった。
「おう。もう行くか」
鹿野のあとに続く金守。
ふと、鹿野は背後に目配せる。
「はい。それと谷山さん、自分と金守さんは赤堂書店を当たります。それで隊長と……」
「分かってるよ」谷山は薄く微笑んだ。
「摘発事件の資料、所轄に頼んでおくから」
「……感謝します」
小さく会釈を残して、鹿野は、先に行った金守の後を追いかけた。




