第二十四話 ひと夏の白昼夢 其の伍
「射的かぁ。私、やるの久しぶりだなぁ。負けないからねっ」わくわくと期待を巡らせる詩乃。
「なにさ、景品は僕が総取りするよう」
詩乃と孝史はすっかり仲良くなった。
詩乃のコミュニケーション能力の高さは知っていた。しかし、しかしだ。会って五分程でここまで仲良くなるとは思っていなかった。もはや楓子よりも、タケシとの友情は深いのではないか。
だだ、息が合わなくて気まずく……なんて事にならなかっただけ良かった気もする。楓子は今更だがほっとした。全く心配する必要は無かったが。
射的の会場は、想像していたよりもずっと小さかった。
公園の端、ターザンやアスレチックといった大型の遊具が並ぶ所に、目を引いて大きな大張テントが張られてはいるが、楓子はもう少し大きな、おおがかりなものを想像していた。
「三人で一ゲームお願いします」
「あいよ。一ゲームを三人で三百円ね。一人三発ずつだよ」
「いや、百円で、一人分の弾をお願いします」
「えっ」
テントの受付に構えた褐色肌の男の人に、詩乃が百円を手渡した。どうやら彼が射的大会の主催らしいが、詩乃の言葉に少し困惑しているようで、百円を受け取った手は固まっていた。
「三人で一発勝負するので」詩乃は男の人に、大袈裟にドヤ顔を見せた。
「あぁなるほど。中々に粋なことするな……まあ、楽しんでってな」
彼はニッと白い歯を見せて言った。すごぶる気前のいい人だ。
楓子は二人と順路を辿りながら、改めて会場を見回す。
テントの最奥には、一定の高さごとに段差のある土台があり、駄菓子や玩具箱、それから屋台の引換券といった景品が並んでいた。
「思ったよりずっと大きいね。人だかりできてるじゃん」
孝史が清々しい笑顔を見せる。
その時、背後から肩を叩かれた。楓子は反射的に振り返る。
そこにあったのは、満足そうな笑顔を浮かべる詩乃の姿。
「負けないよ」詩乃が満面の笑みで言う。
「え、あぁうん……」楓子は情けない声で返してしまった。
詩乃は何故、こうも人混みに慣れているのか。いや、楓子が慣れてなさすぎるだけか……楓子は勝手に納得した。嫌な納得だ。
一方、射的台の上では、色とりどりに飾られた提灯が、テントハウスを薄暗く照らしていた。台に用意されたコルク銃は、均等な感覚で並べられている。
「一ゲームで弾は三発。じゃんじゃか撃ち落としちゃいな」途端に、先程の兄さんが笑いかけてきた。
「は、はい」
楓子は緊張で少し固まった声が出る。
そんな楓子とは対照的に、詩乃と孝史は「任せてっ」と自信満々に意気込んでいた。元気なことだ。
「楓子は自信あるの」
不意に、詩乃が薄く笑いかけてきた。楓子は正直、そこまで自信はない。ただ、ちょっとだけ……かなり楽しみだった。
「まあ、それなりにね」
「へぇ?」
詩乃は途端、刃の切っ先のように真剣な表情になった。
「な、なに」
「『じゃがみこ』十個入りセットは私が頂く」
いつになく真剣な顔で言う詩乃。その目には、燃え上がる闘志が見てとれた。
詩乃のセリフに、楓子はああそうかと納得し、立ち並ぶ景品に目を向けた。その真ん中には、『じゃがみこ』の箱パッケージが、大木のように聳え立っていた。なるほど、詩乃の狙いはこれか。
『じゃがみこ』とは、馬鈴薯ペーストの生地に人参やグリーンピースと云った野菜を混ぜ込み、幾つもの細い棒状に焼いた菓子のことだ。
楓子の学校でも人気はかなり高く、日々、生徒間で繰り出される話題の中には、『じゃがみこの新味が出た』だの、『新しいじゃがみこレシピを編み出した』だのと、じゃがみこに関する話題が大持ち上がりなのだ。
気持ちは理解る。楓子もその味に魅了された者の一人だったからだ。
「詩乃ちゃんの狙いも、アレなんだね?」いつの間にか、孝史もその流れに乗じていた。
「勿論だよっ。箱パッケージなんて、手に入れれば二週間はじゃがみこに困らないからね」詩乃は燃える瞳で返す。
やはり、二人とも目的は『じゃがみこ』なのだ。弾は一人一発ずつ。撃ち落とした者が、『じゃがみこ』を手に入れられるというわけだ。
だが、楓子も黙って見ているわけにはいかない。
初めは景品自体にあまり興味はなかったが、『じゃがみこ』があるなら話は別だ。
「私だって、『じゃがみこ』狙いだよ」
楓子の口から、無意識に言葉が溢れた。途端に二人の視線が、ゆっくりと楓子に向けられる。
この三人のうち誰かが、『じゃがみこ』十個入りパッケージを手に入れるということだ。
「楓子、ごめん。今回ばかりは譲れない」
「こっちのセリフだよ」
「二人共……僕に勝てると思ってるんだね」
『じゃがみこ』を賭けた争奪戦は今、決戦の火蓋を切ったのだ。




