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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第二話 虚を夢む 其の弍



「私は叶。あなたの名前は?」

 少女はじっと楓子の目を見て言った。改めて、彼女の目の鮮やかな赤が目に入る。

「かっ、椛本(かばもと)楓子(ふうこ)……です。あっ、あの、じろじろ見ちゃってごめんなさい。だから……」

「フー子かぁ、いい名前だねぇ。今日から私達、友達ねっ」

 叶は楓子の話を無視し、強引に握手した。

 楓子は思わず、体を強張らせた。途端、叶と名乗ったこの少女に、周りに張っていたはずの隔たりをぶち壊され、あげく土足でずかずかと入り込まれたような感じだった。

「と……友達?」

「うん、友達。嫌だった?」

 こちらを覗き込むようにして聞かれ、楓子は首を横に振った。

「いやじゃないけど……」ぽつりぽつりと言葉が溢れた。「まだ、君のこと何も知らないし……」

 それを聞いて、叶は身を乗り出し、楓子の肩を掴んだ。楓子はおどろいて飛び退きそうになるが、振り解く理由はなかった。

「それは、これから教えますっ」叶は、そう言って楓子の肩をひと揺らしした。「今はまだ、仮の友達ってことで!」

 仮ならいいか、と、楓子は勝手に納得した。いや、納得させた。

「仮なら……わかった」

 楓子は、声に出そうとした。しかし、実際に出たのは、スズメの囀りほどの声量だった。

 それでも、叶の耳には十分に届いていたようで、彼女はより一層喜びの滲んだ顔をした。

「これからよろしくっ!」

 叶はきゃっきゃと、地面から飛び跳ねた。何がそう彼女の気持ちを高くするのか……理解ができなかった。

 そのときだった。

 突然、叶の影である「つっきー」が、ぞわぞわと動き出し、楓子の目の前に陣取った。

「え」

 鎌のように腕を変形させ、楓子に飛び掛かった。

「よっ、避けて!」

 叶が勢いよく叫ぶ。狂気的な姿になったつっきーは、もう楓子の視界いっぱいにまで迫っていた。

 楓子は咄嗟に手を掲げる。だが、影でできた鎌は楓子の身長を優に超える大きさだ。到底防げない……

 その時だった。

「止まれ!」

 叶の一声で、ツッキーの動きはぴたりと止まった。

 かと思うと、振り上げた腕を下ろし、何事もなかったかのように叶の足元に戻っていった。

「ご、ごめん、驚かせちゃったよね!」

 驚いた、なんて言葉で済ませていいのか。一歩間違えば死ぬところだった。

「本当にごめん! つっきーは私に近づく人間を攻撃しちゃうから」

「怖っ……う、ううん、でも叶は悪くないよ」

「まあそうだね! 私のせいじゃないね!」

「なんだお前は」

 予想外の反応に楓子は戸惑った。叶は謝っていても本気で反省している気がしない。

 とはいえ、これ以上責めるつもりなど、楓子にはない。それどころか、彼女に湧いた興味を抑えるので必死だった。

 今まで、同じように幽霊が見える人間になんて、会ったことがなかったから。

「フー子ちゃん、カゲロウに襲われたのなんて初めてでしょ」

「……カゲロウ?」

「へ?」

 楓子が聞くと、叶は間の抜けた声を溢した。

「えっ、こっちが聞きたいんだけど」

「てっきり知ってるものかと……」

 叶は頭を掻いた。

「フー子ちゃん見えてるんでしょ? 街中にいるカゲロウのこと」

「ああ、赤い目のバケモノのこと?」

「ほらいるよっ、あそこ!」

 叶は楓子の話を無視して、鎮守杜を指差した。

「話は最後まで……」

 楓子は愚痴混じりに呟きながら、彼女の指さす方を向いた。

 そして、目を見開いた。

「はぁっ?!」

 叶が指を向ける先、鎮守の杜の大木の上に、龍のような幽霊が浮遊していた。

 バス二台分ほどの長さに、二メートル弱はあるかという太さを持った巨体で、血の塊のように赤い目。幽霊達と同じ目だ。

「なに、あの幽霊! でかすぎでしょっ」

「幽霊じゃなくてカゲロウね。ここ大事だからさ」

 叶が人差し指を立てて言った。鼻につく言い方だ。

「あれはここの "記憶" を司るカゲロウだよ」

「記憶? ってか、なんでアンタがそんなこと知ってんのよ」

 楓子が不満そうに聞くと、叶は嬉しそうに話し始めた。

「私は見えてる側のフー子ちゃんが呼び名すら知らないことに驚きだよ。てっきりフー子ちゃんも蝋折の家系なのかとばっかり」

「ロウオリ? なにそれ」

 叶は、『本当に何も知らないんですね』という目で楓子を見た。舐め腐るような態度に、楓子は殴りたくなる衝動に駆られる。

「蝋折ってのは、カゲロウと人のバランスを保つための人間のこと。カゲロウは人の記憶から形を成したバケモンのこと」

 話を続ける叶の背後で、彼女の影が蠢いた。

 楓子はどきりと体を揺らす。

「ああ、ごめん」叶が苦笑する。「まだ怖い?」

「そりゃ、まあ……」


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