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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第二話 虚を夢む 其の弍



「私は叶。あなたの名前は?」

 少女はじっと楓子の目を見て言った。改めて、彼女の目の鮮やかな赤が目に入った。どきりと胸が高鳴った。

「かっ、椛本(かばもと)楓子(ふうこ)……。あのっ、じろじろ見てごめんなさい……」

「フー子かぁ」叶と名乗った少女は、腰に手を当てて、楓子の顔を覗き込んだ。唇の端がほんの少し上がっていた。

「私たち、友達ねっ」

 楓子は思わず、体を強張らせた。周りに張っていたはずの隔たりをぶち壊され、あげく土足でずかずかと入り込まれたような感じがした。

「と……友達?」

「嫌だった?」

 こちらを覗き込むようにして聞かれ、楓子は咄嗟に首を振った。

「いっ、いやじゃない……けど」ぽつりと言葉が溢れた。「でも私、君のこと何も知らないし……」

 それを聞いて叶は身を乗り出した。楓子はおどろいて飛び退きそうになる。

「それは、これから教えますっ」彼女は口角をにぃっとあげた。「今は仮ってことで、ね?」

 仮ならいいだろうか、と、楓子は思案した。このときばかりは、無理やり自分を納得させた。

 今を逃すと、幼馴染の詩乃以外に友達がいない楓子では、一生変われないような気がしたのだ。

「う、うん、わかった……」

 楓子の口から出たのは、スズメの囀りほどの声だった。それでも叶の耳には届いたようで、彼女はより一層喜びの浮かんだ顔をした。

「よろしく」

 そう言って、叶は右手を突き出した。

 不意のことに、楓子は固まった。

「なに黙ってんのさ」反応しない楓子を見かねてか、叶はちょいちょいと指を曲げた。それのおかげで、楓子はようやく、彼女が握手をせがんでいることに気づいた。

 楓子の頭の中に、苦い珈琲が染み込んだようだった。

「そっ、そういうのはっ」反射のようにのけぞる。

 嫌かも、と言葉が続くよりもはやく、ぐわんと体が引っ張られた。

 叶に手を引かれ、楓子は思わず立ち上がった。

 自分を引っぱっていく叶の姿を目の前に、楓子は、今の自分はとんでもなくひきつった顔をしているのだろうな、と思った。

 人に触れられるのは好きではなかった。

「はなしてっ!」

 楓子はムキになって、叶の手を強引に振り解いた。

 そのとき、だった。

 突然、叶の足元から伸びていた影が、身をひり出した。

「はっ」

 逡巡する間も無かった。

 影は、腕を鎌のように変形させていた。そしてそれを。楓子に向けて振りかぶっていた。あまりの速さに頭がついていかなかった。

 叶の声がかかったのは、そのときだった。

「止まれッ」

 途端、影の動きがぴたりと止まった。振り上げた腕を下ろし、何事もなかったかのように叶の足元に戻っていった。

「ごめんね。驚かせちゃったね」

 叶は、至って平静な声色で苦笑した。

 楓子は無意識にあとずさる。腰に衝撃が走ったとき、自分が尻餅をついたのだと分かった。

「フー子ちゃん」叶が、楓子の目の前にかがみ込んだ。

 楓子の視線は彼女の足元に向いていた。彼女の影は至って普通の、平凡な影だった。

 それが余計に、楓子をおそろしくさせた。

 叶は言った。

「お化けに襲われたの、初めて?」

 楓子は、口をぱくぱくさせた。何か言おうとした。でもそれは喉の奥でつっかえていた。

 叶は急かすことはしなかった。先ほどので驚かせようという気も、どうやらないらしい。

 楓子はようやく、声をひり出した。

「オっ、バケ……?」

「やっぱり。視えてるんでしょ」叶が笑った。

 楓子の頭には、先ほどの黄金色の影のような怪物と、いつも目にしている幽霊どもの姿が重なって浮かんでいた。

「友達になってって言ったのはね、実はお願いがあるんだ」

 叶は人差し指をたてて、己が唇にそっと当てた。


「私のお姉ちゃんを、一緒に探して欲しいの」


 しばらくは、言葉の意味がわからなかった。簡単な頼み事。それなのに、頭に入るまでに時間がかかった。

 迷ったからだろうか、頭が混濁したからだろうか。楓子は、己の意思とは無関係に、こう答えていた。

「わかったっ……」

 叶という少女との出会いは、幸か不幸か、楓子の運命の舵を大きくきってしまった。

 叶は屈んでいた膝を伸ばし、とうとう立ち上がった。そして、もう一度、楓子に手を差し伸べた。

「なに黙ってんのさ。握手」

 綻ぶ彼女の顔に、今度は自然と手を取った。

 叶は手を引っ張りあげ、楓子を起き上がらせた。

「日も落ちてきたし、私はそろそろ帰るね」

 叶はそう言うと、肩にカバンを掛け直した。制服の皺が増える。

 楓子はその姿を呆然と見つめていた。

 叶は楓子とすれ違って歩き去った。すれ違いざまに、「オバケのこと、明日教えてあげる」と耳打ちされた。

 ほとんどましになった暑さだけが、独り立ち尽くす楓子の体に染み込んでいた。



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