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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第十六話 虚を夢む 其の玖



 ジリリリリとけたたましく鳴り響く音。

「ん……」

 未だ朦朧とする意識で、耳をつんざく目覚まし時計を叩いて止めた。椛本楓子(かばもとふうこ)はそうして朝を迎える。

 布団に体をつつんだまま、体を起こす。時刻は十時丁度。到底、早い時間とは言えない。

 一昨日は人と話しすぎたせいか、夕刻からぐっすりと眠ってしまった。昨日も、何をするでもなくだらだらしていた。

「もうちょっと寝よう」

 そう呟いてベッドに倒れ込み、二度寝をかまそうとした。しかし、そんな楓子を寝させまいとばかりに、携帯電話がお気に入りの着信音『煎茶』を奏でた。

「なんだよう」

 楓子は再び体を起こし、半開きの目を擦りながら、向かいの机で充電されている携帯を手に取った。

 着信音を鳴らす携帯の着信画面には、『茨木叶』の文字。

「うげっ」

 楓子は顔を顰める。詩乃であればこの朝早くから電話などかけてこない。電話の相手のことは、薄々気づいていたのだ。

 分かっていながら、無視を決め込むことにした。

 携帯をもう一度机におくと、着信音が止む。

 しかし、数秒後には、携帯は再び鳴り出した。

「うるっさいなあ」

 とうとう、そのあまりの五月蠅さに我慢できなくなり、しぶしぶ応答ボタンを押した。

 途端、怒涛のメッセージが楓子に浴びせられることになる。

「フー子ちゃんおはよう。私今起きた! 起きるの遅くなっちゃったよう!」

 叶は開口一番、寝起きとは思えない大声を発した。

「本当に寝起きかよ。うるさいよ」

 楓子は心底迷惑していることをアピールするように呟いた。

「えへへ、どう。私の寝起きボイス」

「カタストロフボイスの間違いだね」

「かたふ……何て?」

 叶の目覚まし(いらない)を聞き流しながら、楓子はクローゼットを展開し、無地の黒いシャツとカーゴパンツを取り出した。

 その途中も、叶の声は途切れない。

「もしかして、フー子ちゃん着替えてるね。現在進行形生着替えだぁ」

「気持ち悪い」

 楓子は不快感をあえて押し出した声で、もう一度言った。

「気持ち悪い」

「そんなに言わなくてもわかってるよう。私、ここに引っ越す前は埼玉住みだったから変態なんだ」

「埼玉県民に謝れ」

 その言葉に、叶はさらに(よろこ)ぶように声を発した。

「そんなこと言ってはいるけど、フー子ちゃん、なんだかんだ通話切らないよね。じつは私のこと大好きだったり……」

「切るよ」

「ごめんなさい」

 着替えを終わらせた楓子は、電気を消し、再びベッドに横になった。

「じゃあ私、寝るから」

「ええ、寝ちゃうの?」

「友達いないから予定ないんだよ。察しろ」楓子が声を荒げる。

「寝ちゃうんだ」叶は少し寂しそうな声色になった。

 普通なら「友達いないって、自分で言っちゃうんだ」などと嘲笑ってくるはずだが、今日の叶は「うん、わかった」とだけ残して、大人しく引き下がった。

 楓子は内心、友達がいないことを無神経の権化である叶にまで哀れまれている気がして、急に虚しくなった。

「じゃあ切るよ」と言って通話を終了した。

 携帯を目覚まし時計の上に置き、目を瞑った。そのとき……

『ピンポーン』と、小気味よい音が階下から聞こえた。

 楓子は背筋に、ひやりと何かが伝うような感触を感じた。

 いいや、そんなことはありえないはずだ。楓子は叶に、家を教えていない。おそらく宅配が何かだろう。

「フー子ちゃんっ」

 しかし、嫌な予感は見事に的中してしまった。

「あそぼっ!」

「……なんで家知ってるの」

 楓子は、心底うんざりしてつぶやいた。

 叶は、楓子の家の玄関の前にいるのだろう。まだ朝の十時だというのに、ほんとう近所迷惑なやつだ。

 ただ、楓子からしても、何故家がわかったのかを聞き出す必要があるので、仕方なく出てやることにした。

 自室を出て目の前にある階段を降りる。その間も、インターホンは一定間隔で鳴らされていた。

「……」

 楓子はもはや叱責の言葉を考える余裕すらなかった。突き当たりを曲がって廊下を進み、玄関で靴をはく。身だしなみをざっと確認して、楓子はいよいよノブを捻った。

 扉を開けた前には、案の定、叶が立っていた。小学校低学年を思わせる満面の笑みであった。

「フー子ちゃん、ここお家だったんだね。つっきーにフー子ちゃんの匂い辿って貰ったんだ! それと、本当にできればなんだけどさ、いいやできればっていうか来て欲しいんだけど、これから蕎麦屋いかない?」

 楓子は、自分に選択肢がないことを悟った。

 それより、楓子の家だと確証もせずにインターホンを連打していたのか。普通なら捕まるぞ。

「あ、あと、今お金ないから奢って」

 叶は悪びれる様子もなくはにかんだ。

 楓子は考えるのをやめた。



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