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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第十五話 或る指 其の弍



「詩乃ちゃんか。ええ名前やな」金守が愛想のいい笑顔を向けると、白沢は恥ずかしそうに俯いた。

 白沢詩乃と名乗った少女は、白シャツに黒スカート(恐らく学校の制服であろう)という格好だった。三つ編みで二つに下ろされている黒髪。背丈からして高校生だろうか。頬に薄いニキビの痕があった。

 金守は田村に「死体を見に行くぞ」と言い、二人でバリケードテープを潜って行った。

 不意に、白沢は説明を始めた。

「学校の宿題で風景画を描くために来たんです。そしたら人が倒れていて……」

「それは災難だったね」

 白沢はこくりと頷いた。

「最近、中高生の行方不明者が多いんだ。心当たりはある?」

 鹿野が聞くと、白沢は首を捻った。

「心当たり、ですか。私の学校には確かに、行方不明になった生徒はいます。『肝試しで緑山峠に行く』って言ってた人も……」

「その人達の名前は覚えてる?」

「全員は。ただ、武下さんという人がいたのは覚えています」

 鹿野はその名前をメモしながら、「なるほど」と呟いた。

「じゃあ白沢さんも、肝試しで峠に行ったことはあるの?」

 そう聞いた途端、白沢はぴくりと肩を揺らした。顔には狼狽が浮かんでいる。鹿野はそれを見逃さなかった。

「ええと、肝試しで行ったことはなくて……」

「最後に峠を訪れたのは?」

 その問いに、詩乃は数秒考えるそぶりをした。

「一昨日、の夜ですね。知り合いに誘われて」

「その知り合いの名前を聞いてもいいかな」

 白沢の言葉が詰まった。だがこういう時は、下手に問い詰めても無駄なことを知っている。鹿野は相手の返答が来るのを待った。

「……茨木、叶という同級生です。昨日転入してきた生徒で」

 白沢は、少々歯切れが悪そうに言った。言わない方が良かったことを言ってしまった、というような、一種の動揺が見えた。

 しかし今気にしても仕方がない。鹿野は、今朝見た行方不明者リストに茨木という名はなかったな、と記憶を巡らせた。

「転入してきたばかりの生徒に、突然峠に誘われるって、何か違和感はなかったの?」

「変だな、とは思いました。ただ、最近はそういうのが流行っているのかなって……それだけです」

 鹿野は白沢の協力に感謝を伝え、メモ帳に書き加えた。




*****




 金守は田村に案内されて歩いた。事件現場は峠道からかなり外れた緑地だった。

 現場には死体。おそらく中年だろう。手を前に伸ばし、うつ伏せで倒れている。格好はグレーのズボンに茶色のジャケット。目立った外傷はない。

「他殺やな」金守は屈み、手袋をはめながら言った。

「ですね」

 死体の首筋をよく見ると、両手の五指でつかんだような跡があった。毛髪と着衣が乱れていない事から、気づかれずに近づいた上で、背後から締め殺したのだろう。

 田村が死体を調べだしたところで、金守は不意に周囲を見渡した。特に異質な点はないように思える。

 しかし不意に、落ち葉の溜まっている場所に不自然な盛り上がりがあることに気づいた。死体からすぐ近くである。

 金守が盛り上がった落ち葉を払うと、葉の中に、土で汚れたゴム素材の何かが出てきた。

「これは……」

 土をはらって広げる。それは、黒い使い捨ての手袋だった。

 目線だけ向けた田村が、「紛らわしいのが出てきましたね」と眉間に皺を寄せた。

 こういうものが森に捨てられることはそう珍しくない。田村の言う通り、事件との関連性の判断がむずかしいわけだ。

 この手袋を調べたところで何の証拠にもならないが、死体との距離も近いうえに、明らかに人の手で隠された痕跡が残っていたので、鑑識に回すことにした。

 だがそのとき、手袋の中に、なにか棒状のものが入っていることに気づいた。

 手袋の中に指を突っ込むと、細くやわらかいものが触れた。

 金守は、軽い寒気を覚えた。それがあまりに触り慣れた感触だったからだ。

 恐る恐る、手袋に入っているものを取り出すと、それは、五か六センチメートルほどの、()()()()()()。付け根の部分が赤黒い血で固まっている。

 金守は怒りを押し殺すように、奥歯を強く噛み締めた。

「田村」そう声を掛け、田村にその指を見せた。

 田村は苦虫を噛み潰したような表情で「やはりですか」と呟き、合わせるように死体の左手を金守に見せた。

 金守は目を見開いた。

 死体の左手には、()()()()()()()



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