第十三話 The broken memory
遡ること八日前。
七月十五日、深夜。二人の学生が緑山峠を歩いていた。
一人は如才中学校の生徒、武下信子だ。もう一人は、信子の彼氏である吉武将太。他校に通う信子の同い年である。
「あっつぅ。夜なのに暑いとか世も末だなぁ」
「オレ眠いよ」
吉武が瞼の重そうな面持ちで呟く。信子は駄弁りながらも、彼を連れてゆっくりと歩みを進める。
「怪奇現象、ねえ」
「真子、ここでやばいのに出会したらしいよ。なんか出たらウケるね」
二人は談笑しながら夜闇を進む。
さふさふと草をふむ音がリズムを奏でている。
「風、寒いな」
信子がうわごとのように呟く。突如、前を歩いていた吉武が足を止めた。
信子は、急に止まった吉武の背中にぶつかる。
「わっ、ちょ、何?」
「………」
彼は何も言わない。
「ちょ、ちょっと、なんか言ってよ」
その時、吉武が振り返りざまに叫んだ。
「ばぁ!」
「きゃあああああああ!!」
驚いた信子はバランスを崩し、尻餅をついた。
その様子をみて、吉武はふふっと笑う。
「引っかかってやんの」
「もう、驚かせないでよ!」
仕方なさそうに起き上がる信子に、吉武は「ごめんごめん」と半笑いのように謝った。
信子は拗ねたのか、くるりと踵を返し、来た道を引き返し始めた。
「もう知らない!」
「ええ、ごめんって。軽い冗談みたいなもんじゃん」
ふざけたような態度でおどける吉武が気に食わなかったのか、信子は「帰る!」と言って歩き始めた。
しかし、吉武は一向に追いかけてくるどころか、声をかけることすらしなかった。
信子は段々と寂しくなり、また後ろを振り向いた。
「ちょっと、なんで追いかけてこないの?」
彼は返事をしなかった。辺りが暗くてよく見えない。
「流石に傷つくんだけど。将太?」
信子の声は、夜の闇に響き、虚しく消える。
「……将太?」
信子は怪訝な顔で吉武のいた方に歩く。歩みは段々と早くなり、駆け足になった。
信子は走ったが、吉武の姿は見つからない。途端に、信子は強烈な悪寒と不安感に襲われた。
その時、信子の足に何かがぶつかった。
「え?」
信子は不意に、目を凝らす。途端、信子の顔は一気に青ざめた。
「嘘……」
それは、吉武の持っていた懐中電灯だった。
その瞬間、信子の首に何かが触れた。
「ひっ!」
それは手だった。冷たい手。
信子は咄嗟に、その手をつかむ。しかし引き剥がそうとしても、その手は信子の首を強く掴み、締め上げていく。
「やっ、やだ……!」
信子の声は弱々しく響く。
「たすけ……」
次第に意識は薄れていき、やがて、信子は地面に倒れた。
背の高い人影が自分を覗き込んでいた。信子は意識が落ちる一瞬前、長い金髪が見えたような気がした。
しかし次の瞬間、信子の視界は暗転し、微かな意識は闇へと消えた。




