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一炊夢  作者: 納豆ご飯
第1章 虚と死蝋
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第十話 虚を夢む 其の捌



「これは……」

 真子に差し出された写真に、楓子は息を呑んだ。

「分かりにくくてごめんなさいね」真子が薄ら笑む。

 その写真には、夜の人気のない山道と、メーターのようなものが写っていた。

 懐中電灯で照らされてはいるが、暗くてうっすらとだけだ。道路はあっても、植物が生い茂っている。

「ひっ」

「なにこれ。肝試しの写真?」

 悲鳴をあげる楓子とは対照的に、叶が興味深そうに顔を覗かせる。

「これは緑山峠で撮った写真よ」真子は頷く。「撮影者が持っているのは磁気を測定する機械で、一種の幽霊探知機のようなものね」

「メーター振り切ってるじゃんか」

 叶の言う通り、測定器とやらのメーターは最大値を示している。

「実はこの峠、ここ数年で行方不明者が後を絶たないのよ。この写真は私と弟、二人の友人を交えて調査に行った時のものでね」

 その言葉に、楓子は恐る恐る聞いた。

「その……その峠で、何か起きたの?」

 その途端、真子はニヤリと口角をあげた。そして一言。「聞きたい?」

 楓子はすぐに答えた。

「いや、私は遠慮しておこうかな!」

 しかし。

「聞きたい!聞かせて!」

 叶に言葉を妨げられてしまう。楓子は奥歯をぎりっと噛み締めた。

 真子は「わかったわ」と言って話を再開した。

「実は撮影者の友人は、峠に行った七月十一日から体調が悪化して、今は自宅で休んでいるらしいの。でも、弟ともう一人の友人は無事だから……」

「まってまって、ちょっと待ってください!」

 楓子は咄嗟に、自分でも驚くほど大きな声が出た。

「まさか、そこに行くために私たちを誘ったってことですか?!」

「敬語じゃなくていいわ」

 真子ははぐらかすように答えた。

 つまるところ、真子達は楓子と叶を交えて「怪異探し」に興じようというわけらしい。

「やっぱりそうなんですね?! もう無理です、私、帰りますから!」

 楓子はそう言って立ち上がり、席を去ろうとした。

「えー?フー子ちゃんビビってんのお?」

 背後から叶の挑発が聞こえたが、お構いなしに足を進める。

 だが次の瞬間、真子の口から、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「この写真を見せた友人は、みんな一人になった時に金縛りにあったって言ってるのよね。行方不明になった人もいるわ。幽霊の呪いかしら、不思議ねぇ……」

「え」

 楓子はそう呟くと、五秒動きを止めた。正確には、動けなかった。

「その、行方不明というのは……?」

「あら、聞いてないの? 一週間前に突然失踪した武下さんの話。家出だって言われて捜索中だけど、わたし、実はあの人だけに、この写真見せてたんですの」

「は」

「あ、それと、同じ日に他校でも男子生徒の行方不明者がいるとか」

 楓子も行方不明者のことは知っていた。武下信子。同じクラスの女子だ。

 それだけじゃない、確かもっと前にも行方不明者の事件があった。その時は学校閉庁になるほどの騒ぎだったはずだ。

「彼女を探すためにも、もう一度峠に入ろうという話なんですの。あ、安心なさってね、私もあれから下痢してますから」

 何が安心できるのだろうか。真子は、その丁寧口調からは考えられない下ネタをぶち込んだが、今の楓子にはどうでもよかった。

「終わった」

 楓子は諦めたように、机に突っ伏した。

 そんな楓子に構うことなく真子は話を続ける。

「それで、弟と友人を呼んでますの」

「そうなの?会いたい!」

「えっ」

 楓子はすぐに顔を上げた。

 それは話が違うじゃないか。

 と言いたかった。しかし、到底言える空気ではなかった。

 結局口籠る楓子。真子はそんなこと知りもせずに言う。

「わかりました、少し待っててくださいね!」

 ご満悦な様子の叶と絶望している楓子を残し、真子は席を立った。そのまま、二人のいる席とは反対方向の席に向かっていった。

「初対面の人と……無理無理絶対無理……」

 楓子は首を小刻みに振る。

 旧な話すぎて対応できなかった。

「ふふっ、フー子ちゃん面白いね……それに、峠の話も、写真を見せた人が消えちゃうなんて、絶対タダゴトじゃないよね! 私たちで見つけてあげないと! ああ、わくわくが止まらないよ!」

 そうやって元気にはしゃぐ叶を横目に、楓子はつぶやいた。

「カゲロウの仕業とかじゃないの。叶はそういうこと詳しいそうだけど……」

 その言葉に、叶もなんと言っていいかわからないような表情をした。

「んー。でも今まで、カゲロウが人に危害を加えたなんて話聞いたことないんだよね」

「ええ」

「もしカゲロウの仕業なら、犯人のカゲロウをぶん殴ってやんないと! 悪い子にはお仕置きしないとね!」

 叶はそう言って、にっこりと拳を振り上げた。

「楽観的でいいね、叶は」

「そんな褒めないでよ!」

「褒めてない」

 その時、二人の席に、真子が戻ってきた。

「ごめん、おまたせ」

 その後ろには、一人の青年と、童顔の男の子が続いていた。

「うっ」

 楓子は、『初対面の男性』という圧倒的気まずい存在を前に、心が竦んでいた。

「紹介しますね。まずこっちの大きいのが……」

「村瀬って云う。よろしく」

 青年は端的に告げた。その声は、和楽器のように落ち着いている。質の良い黒髪も相まって、いかにも好青年といった出立ちだ。

 村瀬次郎。楓子と同じクラスの男子だ。

 勉学はそこそこらしいが、体育万能型で、陸上部のエースと呼ばれている。

 それこそ、オカルトなど似合わない人なのだ。

 彼がここにいることは、楓子からしてはかなり意外だった。

「あ、眼帯と金髪! 不良だ!」

 突然、村瀬の隣にいた少年……真子の(らしい)が叶を指差し、嬉々とした表情で大声をあげた。年齢は楓子より二つか三つほどしただろうか。

「ちょっ、こら国尚(くにひさ)!」

「不良ってわたし?!」

 真子の弟は国尚というらしい。真子は国尚を静かにさせようとしたが、叶がその声を遮り、焦燥と羞恥を混ぜたような声を発した。

「ふ、不良だなんて……」

 その顔は、普段無神経な叶とは思えないほど赤くなっていく。

 不良と一括にされて怒ってるのだろうか。

「えへへ、照れる」

 違ったようだ。

「キモッ」

 楓子はひきつった顔で叶を見る。だが叶は止まらず、少年の前にしゃがみ込んだ。

「ねえ僕、もう一回『不良』って呼んでよう」

 愉悦に浸った顔でそう口走る叶を見て、国尚は引いたようだった。

「え、なにお前、きもちわる」

「おふっ……辛辣なのもいいねえ」

 叶はそう言ってくねくねと体を動かした。

 叶はショタコンらしい。それも重度の。

「ばちくそきもいわ」

 真子がお得意の丁寧口調とは釣り合わない汚い言葉で叶を軽蔑した。だが楓子もその言葉には同感だった。

「だ、大丈夫? きみ……」

 楓子はそう国尚に話しかけた。心配したつもりだった。

「お前声ちっちゃ!」

 だが、国尚は楓子を指差し、ゲラゲラと笑った。

 なんだ、このクソガキ。口に出しかけたが、ここは年上として何とか抑えた。

「ま、まあ今日はこの辺にしといて、峠の調査の日程と計画は後日話し合いましょう!」

 真子が、そう話を切り出す。

 その話を思い出し、楓子はまた憂鬱な気持ちになった。

「この五人で行くんか?」

 不意に村瀬が口を開いた。

 その問いに、真子は楽しそうな顔で答える。

「そいうことになりますね……ああ、今から楽しみです!」

 楓子は正直居辛かった。自分以外は皆、嬉々として峠調査を待ち侘びている。

 だが、不機嫌そうな楓子を見かねてか、叶が楓子に呼びかけた。

「まあさ、行ったら多分楽しいと思うよ! 楽しもうよ、夏休みなんだし!」

「んなことっ……!」

 楓子は反論しようと腰を伸ばしたが、ぶつける言葉が思いつかず、結局ため息一つが出ただけだった。

「おおっ、椛本さんもやる気になってくれましたか?!」

 真子のセリフに、楓子は困惑した。

「そういうつもりじゃ……」

「お姉ちゃんビビリ?」

「黙って」

 バカにしてくる国尚を制しながら、楓子は自分で驚いていた。

 初対面の相手と、こんなに親しみを持って話せたのは初めてだ。叶が一緒だからだろうか。真子たちが、それだけ気のいい人達なのだろうか。

 ……ずっと黙っている村瀬と、笑顔の国尚の様子を見ると、そうは言えない気もするが。

 だが、楓子はほんの少しだけ、『悪くないな』と思っていた。変わり映えのない日々に、急な嵐が舞い込んできたような気がして。

 ––––––これから起こる悲劇の連鎖に、片足を突っ込んでしまったことにも気づかずに。



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